第1話
文字数 1,924文字
私は自分が可愛いことを知っていた。
正確には、私の容姿が男受けするのだと自覚していた。
反面、同性からは嫌われやすいのだけど、それはもう仕方がないことだと割り切っていた。
だから、私は男に媚びるのを処世術としていた。
「お酒は好きなんですけど、ビールは苦手なんですよね」
こう言うと、たいはんの男たちは子供だからとからかってくる。大人になれば、このうま味がわかるのだと。
「えー、本当ですか?」
私はその裏側に含まれている可愛いという誉め言葉だけを受け取って、この場にいる男たちが喜ぶ振る舞いをする。
「でも、せっかくビアガーデンに来てるんですから頑張ってみます。誰か一口くれませんか?」
女性陣からは冷たい目で見られるも、このコミュニティは男のほうが多いので問題なかった。
私は立候補する男たちの中から、一番タイプの浅月先輩をロックオンするも――
「ビールが苦手なのは社会的ストレスが足りないからだ」
「はぃ?」
正直、何言ってんだこの人? と私は思った。ぶりっ子するのも忘れて、素で反応してしまう。
「ストレスが高いと味覚が鈍る。味覚が鈍るとより濃く、強い味が美味しく感じる」
「はぁ……」
「まぁ、味覚が鈍る要因はストレスだけじゃないけどな。現に老人たちはクソ甘いお菓子とか苦い山菜とか好むだろ?」
「確かに」
「つまり、おまえはまだ健全な味覚をしてるってわけだ」
褒められたのかどうか微妙なところである。ただ、私以外の人間はたぶんディスられていると思う。
「おい浅月どういう意味だ? 俺たちの味覚が健全じゃないってことか?」
案の定、浅月先輩は店長を筆頭とした社員たちに絡まれる。
「もしくは社会的ストレスに晒されている、ですね」
しかしこの先輩、全然応えていない。
「つーかアル中のおまえにだけは言われたくないぞ」
「俺は酒を嗜んでいるだけであって、アル中じゃないですよ」
今日はバイト先の飲み会。
私は初めての参加だったので、それぞれのポジションをまだ理解できていなかった。
「からあげにはレモンチューハイ、焼き肉にはマッコリ、ピザにはワイン、お寿司には日本酒。そして枝豆にはビールと食事に合わせて楽しんでいるだけです」
「おまえ、そんだけちゃんぽんしてよく酔わないな」
「そりゃ嗜んでいるだけですから」
特に、この浅月先輩の生態がわからない。
古株かと思いきやまだ1年足らず、年上かと思いきや専門卒のフリーターなので同い年。
そして、仕事中は真面目で誠実で――ぶっちゃけ、つまらない人だと思っていたのにこんなにも愉快な人だったとは。
「まっ、どうしてもビールが飲みたいならカシスリキュールとか入れるといい」
「それって美味しいんですか?」
「あぁ、単純に甘さが増して飲みやすくなる。ただ、リキュールだから度数はあがる」
「えー、なら嫌ですよ。私そんなに強くないんです」
「じゃぁ、カルピスだな」
「いっ! なんですかそれ?」
「カルピスビア。バタービールみたいな味わいになって美味いぞ」
物は試しだ、と言って浅月先輩は勝手に注文する。しかもメニューにないのか、店員を捕まえてお願いしていた。
「ほれ、飲んでみろ」
「はーい」
これも飲みニケーションの一環だと、私は嫌いなビールを口に含む。
「ん……? 美味しいかも」
「だろ?」
なんというか、あの刺激的な苦みがなくなっていた。
「こうやって飲んでればいずれビールにも慣れる。まぁ無理に慣れる必要もないが、どんな酒でも飲めるに越したことはない」
「それって付き合いとかの関係ですか?」
「というより、どんなお店でも飲める酒があると便利って話だな。大学生だとまだチェーン店しか行かないからわからないだろうけど、結構アルコールの種類が限られている所も多いんだ」
「なるほど」
「それと嫌いな酒を無理に飲むと酔いやすい。じゃぁ飲まなきゃいいって話だけど、それはまぁ付き合いってやつだ」
「うへぇ、やっぱあるんですねそういうの」
「人間なんて単純だからな。自分が好きなモノを、相手も好きだと嬉しくなる」
「へー、じゃぁ先輩はカルピスビアが好きなんですか?」
私はつい聞いてしまった。
質問の意図を察してか、先輩はにっこり笑って答える。
「いや、嫌いだな。ビールにカルピスとか邪道だろ」
「えー……」
この流れでそれはないと私は思う。
気のせいか、私の勘違いを嘲笑うかのように女子社員たちが笑いながらお酒を呷っていた。
「どんまい」
少なくとも同期で、内心下に見ていたコに励まされたのは事実のようだ。
「ふんっだ」
私は羞恥や気まずさといった、様々な感情を隠すようにビールジョッキを呷る。
それもまたストレスの内であったのか、飲み干したカルピスビアは最高に美味しかった。
正確には、私の容姿が男受けするのだと自覚していた。
反面、同性からは嫌われやすいのだけど、それはもう仕方がないことだと割り切っていた。
だから、私は男に媚びるのを処世術としていた。
「お酒は好きなんですけど、ビールは苦手なんですよね」
こう言うと、たいはんの男たちは子供だからとからかってくる。大人になれば、このうま味がわかるのだと。
「えー、本当ですか?」
私はその裏側に含まれている可愛いという誉め言葉だけを受け取って、この場にいる男たちが喜ぶ振る舞いをする。
「でも、せっかくビアガーデンに来てるんですから頑張ってみます。誰か一口くれませんか?」
女性陣からは冷たい目で見られるも、このコミュニティは男のほうが多いので問題なかった。
私は立候補する男たちの中から、一番タイプの浅月先輩をロックオンするも――
「ビールが苦手なのは社会的ストレスが足りないからだ」
「はぃ?」
正直、何言ってんだこの人? と私は思った。ぶりっ子するのも忘れて、素で反応してしまう。
「ストレスが高いと味覚が鈍る。味覚が鈍るとより濃く、強い味が美味しく感じる」
「はぁ……」
「まぁ、味覚が鈍る要因はストレスだけじゃないけどな。現に老人たちはクソ甘いお菓子とか苦い山菜とか好むだろ?」
「確かに」
「つまり、おまえはまだ健全な味覚をしてるってわけだ」
褒められたのかどうか微妙なところである。ただ、私以外の人間はたぶんディスられていると思う。
「おい浅月どういう意味だ? 俺たちの味覚が健全じゃないってことか?」
案の定、浅月先輩は店長を筆頭とした社員たちに絡まれる。
「もしくは社会的ストレスに晒されている、ですね」
しかしこの先輩、全然応えていない。
「つーかアル中のおまえにだけは言われたくないぞ」
「俺は酒を嗜んでいるだけであって、アル中じゃないですよ」
今日はバイト先の飲み会。
私は初めての参加だったので、それぞれのポジションをまだ理解できていなかった。
「からあげにはレモンチューハイ、焼き肉にはマッコリ、ピザにはワイン、お寿司には日本酒。そして枝豆にはビールと食事に合わせて楽しんでいるだけです」
「おまえ、そんだけちゃんぽんしてよく酔わないな」
「そりゃ嗜んでいるだけですから」
特に、この浅月先輩の生態がわからない。
古株かと思いきやまだ1年足らず、年上かと思いきや専門卒のフリーターなので同い年。
そして、仕事中は真面目で誠実で――ぶっちゃけ、つまらない人だと思っていたのにこんなにも愉快な人だったとは。
「まっ、どうしてもビールが飲みたいならカシスリキュールとか入れるといい」
「それって美味しいんですか?」
「あぁ、単純に甘さが増して飲みやすくなる。ただ、リキュールだから度数はあがる」
「えー、なら嫌ですよ。私そんなに強くないんです」
「じゃぁ、カルピスだな」
「いっ! なんですかそれ?」
「カルピスビア。バタービールみたいな味わいになって美味いぞ」
物は試しだ、と言って浅月先輩は勝手に注文する。しかもメニューにないのか、店員を捕まえてお願いしていた。
「ほれ、飲んでみろ」
「はーい」
これも飲みニケーションの一環だと、私は嫌いなビールを口に含む。
「ん……? 美味しいかも」
「だろ?」
なんというか、あの刺激的な苦みがなくなっていた。
「こうやって飲んでればいずれビールにも慣れる。まぁ無理に慣れる必要もないが、どんな酒でも飲めるに越したことはない」
「それって付き合いとかの関係ですか?」
「というより、どんなお店でも飲める酒があると便利って話だな。大学生だとまだチェーン店しか行かないからわからないだろうけど、結構アルコールの種類が限られている所も多いんだ」
「なるほど」
「それと嫌いな酒を無理に飲むと酔いやすい。じゃぁ飲まなきゃいいって話だけど、それはまぁ付き合いってやつだ」
「うへぇ、やっぱあるんですねそういうの」
「人間なんて単純だからな。自分が好きなモノを、相手も好きだと嬉しくなる」
「へー、じゃぁ先輩はカルピスビアが好きなんですか?」
私はつい聞いてしまった。
質問の意図を察してか、先輩はにっこり笑って答える。
「いや、嫌いだな。ビールにカルピスとか邪道だろ」
「えー……」
この流れでそれはないと私は思う。
気のせいか、私の勘違いを嘲笑うかのように女子社員たちが笑いながらお酒を呷っていた。
「どんまい」
少なくとも同期で、内心下に見ていたコに励まされたのは事実のようだ。
「ふんっだ」
私は羞恥や気まずさといった、様々な感情を隠すようにビールジョッキを呷る。
それもまたストレスの内であったのか、飲み干したカルピスビアは最高に美味しかった。