心のずっと奥の方

文字数 4,892文字

人生に絶望した私は1人公園のベンチで缶チューハイを何本もあおっていた。
頭がふわふわして気持ちいい。
生まれてきた意味をついに知ることができなかった。

空になれ。

3個上の彼氏に浮気されてそれを問い詰めたらちょうど階段の踊り場で話しかけてたのだけど、彼氏に思い切り突き飛ばされて勢いよく転落した。
脇腹と足が猛烈に痛い。
23段ある階段から落ちたのだからそりゃ痛いに決まってる。
もしかしたら骨が折れてるかもしれない。

泣きたい気分だ。
夜の公園は女性を不安にさせる。
びっこを引きながらここまで来たけど足も限界なようだ。

頭を打たなかったのは不幸中の幸いか。
左足がジンジンと痛む。
正直、こんなことになるならあんな男と付き合わなければよかった。
私のクレジットカードで高い買い物(マッサージチェア)をして、結局利用停止にまで追い込んできたりもした彼氏。

気分転換にかけた音楽はシャッフルで流れていて、フジファブリックのミラクルレボリューションNo.9からフレデリックのラベンダ、ブルーハーツの情熱の薔薇と不思議な流れになっている。

何がなんでも。
ブランコの下にサビ猫が休憩していた。
猫好きな私は近寄っていく。
ああ、生まれ変わっても猫に会いたい。

怪我のためかゆっくりした動作で猫に近寄ると彼(彼女?)は逃げずにこちらに近寄ってくる。
エサを普段から公園の人間にもらっているのか、人懐っこい。
しっぽをユラリ揺らしながら甘えてくる。
かわいい。
ニャーと鳴きながら、私の足に頭をこすりつけてくる。

「かわいい猫ちゃんですね〜」
そう話しかけていると背後から声がした。
「お姉さん、1人なんですか? 僕は山田蔵ノ介。しがない浪人です」
不審人物かな?

振り向いて見ると、青年はボサボサの髪に少し破れた着物を着ていた。
「どうしたんですか? その服」
「タチの悪い先輩に殴られ、路地裏で引きずられたからかせっかくの半纏がボロボロになったござるよ」

「それは大変でしたね」
「君もスカートが破れてるけど大丈夫なのか? 教えられない事情があるなら何も言わないけど」
「私も彼氏から階段突き落とされちゃって、そこそこなケガしちゃいました。歩けるけど足が異様に痛いし……」
「最悪な彼氏すぎる」

「もう歩くの限界でしょう。タクシー呼ぶからファミレスかなんか行きましょう」
突然敬語口調になった山田さんに疑心を抱きつつ、私はついていくことにした。

タクシーの車内。
「彼氏とは何があったの?」
「元々彼氏が浮気してて、それを問い詰めたら逆上して階段から思いきり突き飛ばしたんです。身体中を衝撃が襲いました」
「この時間じゃ病院もやってないしな……。頭は打ってない?」
「はい」
「それじゃ明日の朝イチに病院行こう。ファミレス行ったあとは街に近いビジネスホテルにもちろん部屋は別々でいいから泊まろう」
「そ、そんな……。知り合ったばかりなのにそこまでさせる関係でもないのに」
「いいよ。独りで退屈で死にそうだったんだ。君に出会えてよかった」

タクシーはファミレスにたどり着いた。

ファミレスの店内。
やってきたエスカルゴの焼いたのとほうれん草のソテーとレモンサワーと山田さんが飲むビールが運ばれてきた。
私はエスカルゴを食べている。
カタツムリを食うってなんか不思議だ。
貝みたいな味がする。

お互いの酒のジョッキを合わせ乾杯し、一息つく。
「いやぁ、お酒って最高です」
「だよね」
山田さんはもう2杯目が欲しいようでタッチパネルですだちサワーを頼んでいる。
「今21:38か。この時間じゃ服屋には寄れないね。新品のスカートを着せたかったけど」
心から残念そうに言う山田さん。

「そ、そのこれ以上気を使わないでいいんです。私になんかにそんな価値はないんです」
「どうしてそこまで自己肯定感が低いんだい?」
「私、長女で親から厳しく育てられてあまり褒められなかったというか。彼氏も最初は褒めまくってくれて私のこと大事にしてくれてるのかなって思ってました。でも何度も浮気するし、お金貢がせようとするし、体調悪い時もムリヤリHしてこようとしてくるし」

「はぁ!? はっきり言ってクズ男じゃん。信じられない」
山田さんは肩をいからせて言った。
「さすがに今回の件で別れようと思います。というかこのまま顔を合わさずフェードアウトしようかと」
「そうしなよ。それが正解だよ」
「なんで公園に来たんですか?」
「ああ。まだサイフに3万はあるけど野宿しとこうかなと思ってたんだよね。
毒親から逃げてもう1週間目だけどスマホWiFi繋がらないの痛くて。携帯解約されてるからWiFiスポットでしか連絡取れないのがさ」

どうやら思ったよりも山田さんの方が複雑な境遇を抱えていそうだ。
「私のこと面倒見てる場合じゃない気がするけど」
「せっかく出会えたキセキがあるんだ。遠慮しないで」
それもそうか。
私も彼氏にお金を使い込まれる影響で所持金はたった3000円弱しかない。
虚勢を張ってる場合にはいかないのだ。

「えっと、ビジネスホテル向かう前に駅の喫煙所でタバコ吸っていい?」
私は山田さんに尋ねた。
するとなぜか彼は目を輝かせて言った。
「キミ、タバコ吸うんだ。僕も吸うんだよね。普通のとメンソールどっち派?」
「断然メンソール派です。フレーバー系のカプセルついてると最高」
「わかる。味変できるよね」

メニューをやっつけ、約束通りまずは駅の喫煙所の近くまでタクシーを呼ぶことにした。
喫煙所まで約150mの所で降ろしてもらった。
山田さんは私に向かって言った。
「あのさ、歩くのしんどそうだからぼくの肩に寄りかかりなよ」
私は足の痛みに耐えきれなくなってきていたので、彼の言葉に甘えることにした。

彼の肩に腕を組みつつ、喫煙所まで向かう。
喫煙所の入口までたどり着いたが灰皿までは向かえない。
そんな私を見た彼は携帯灰皿を取り出し、コレに捨てていいよと言った。
私はライターとメビウスのレッドを取り出し吸うことにした。
山田さんはというと見慣れない海外のタバコを取り出し
ライターを探しているようだった。
「どうしたんですか? ライター失くしたパターン?」
「さっき公園の近くの居酒屋で1人吸ってたらテーブルに置いてきたっぽい」
「けっこううっかり屋さんなんだね」
「うん」

タバコを吸いつつ、私は明日病院で待たされまくることを想像して気鬱になった。
山田さんはというと能天気にウキウキとした顔でいる。
「タバコおいしいよね。1人で吸っててもむなしいだけだ」
彼がそう言うので「そうだね」と短く返した。

タバコを3本ほど吸っていると横で山田さんはタクシーを呼んでいるようであった。
ほどなくしてやってきたタクシーにゆっくり乗り込み、
山田さんが告げたビジネスホテルへ向かう。

水色の外壁のホテルの玄関にたどり着き、山田さんは酔った顔で部屋までおぶっていくよと言い出した。
完全に酔ってる。
でも私の足はもう限界で1歩も歩けない状態へ変化していた。
だからどうにでもなれと彼の提案を呑んだ。

私が212号室、山田さんは303号室だった。
フロントまでおぶっていき、さらにエレベーターの場所までもさらに私をお姫様抱っこして豪快に運んでいく彼。

2階にたどり着くと彼は私をやはりおんぶして遠くのその部屋まで運ばれた。
こんな状態にまで私を追い込んだ元彼が許せなかった。
愛は憎しみに変わっていた。
同時に初めて体験する視点が新鮮だったな。

部屋に着き、私は「ありがとう」と言った。
そこで山田さんはスマホを取り出すとLINE交換しよーぜと言った。
なんだそんなことくらいと思いつつ、交換した。

そして、あっさりと部屋に入り這いつくばりながらベッドに上がった。
大げさだけど車椅子でも借りればよかった。
動かし方知らないけど。

30分ほどベッドで横になっていたが、激痛で眠れないので私はLINEを確認した。
すると山田さんからLINEが何個も来ていた。
「大丈夫?」
「笑顔抱きしめ、ココロに力」
「星空の見える渚でキミと語り合いたい」
「君を守るためそのために生まれてきたんだ」

どこかで聞いたことのあるフレーズな気がする…笑
私は友達追加して返信した。
「もしかしてSMAP好き?」
「うん。草なぎくん好き。好きなサンリオキャラは?」
「こぎみゅんとピアノちゃん」
「こぎみゅんはわかるかな。ピアノちゃんってのは?」
「マイメロの亜種みたいなの」
「今のでなんとなくわかった」

話題はヒプノシスマイクの話に何故か行き、私は十四、盧笙、寂雷が好き。山田さんは山田三兄弟、左馬刻様、幻太郎推しと答えた。
ヒプアニのカオスっぷりやニコ動の十四くんの登場シーンでのパンの絵文字トークで盛り上がった。

どこでそうなったのか、山田さんが私の部屋に来る展開になってしまった。
私が足が痛くて眠れないし、1人って辛いとこぼしたからだったかも。
数分後、扉を開く音がし山田さんが姿を現した。
「襲いはしないから安心して。ケガすると心細くなるよね」
「うん」
「キミのこともっと知りたいから全てをさらけ出してよ、悩み聞くから」
「何から話せばいいんだろ。彼氏、まあ元カレか。に、突き飛ばされたのショックだった」
「本当に大変だったね。でも打ちどころ悪くてキミが死ぬようなことにならなくてよかったよ。
キミが休んでいる間に足の腫れを冷やすためにコンビニで氷とレジ袋買ってきたんだ」

彼の手には氷が入っているレジ袋があった。
「今からキミの足にこれ当てていい?」
「え、さすがに恥ずかしい」
「恥ずかしがってる場合じゃないだろ。足に後遺症残ったらどうすんだ!」
そう言うと私のベッドに乗り、彼は布団の下部分をそっと剥がすと私の素足に氷を当てた。
ひんやりする。

「これで一安心だ。動く時は言ってよな」
「うん」
「辛くない? キレイな右足に比べて左足そこそこ大変なことになってるよ」
「足の甲が痛いです。ぐすっ、どうして? 私がこんな目に遭わないといけないの!?」

「キミの体の痛みも心の痛みも肩代わりしたいよ」
今、そんな言葉ぶつけられたら本気で好きになりかけるじゃない。
「辛いキミのそばにいるよ。キミが許す限り。もう誰にも傷つけさせない」
無意識に口説き文句を連発するメンヘラ製造機がそこにはいた。

「ありがとう。こんなに親身になってくれて。ひょっとして昔飼ってた猫の生まれ変わり?」
「もしかしたらそうかもニャー」
ちょっときしょくて笑ってしまった私。

「寒いな。添い寝してやんよ」
私の背中に山田さんは入ってきた。
「あくまで添い寝だけですよね?」
「まあさすがに」
「病人だから抵抗できませんよ?」
私は山田さんの心を試した。

「病人だからって半分以上ムリヤリ女の子襲ったら外道中の外道だろうが」
それを聞いて私は安心した。

「疲れてるだろうし、足を冷やし続けるのも寒いからキツイだろ。ある程度冷やしたら取るか」
「はい、そうしてください」
「キミの心のバッテリー充電させてよ。心細い時にこそ役立つ懐中電灯になりたい」
「えっと蔵ノ介さんはなんでそんなに感動できる口説き文句考えられるんですか?」

「これでも小説家志望だったんでね。どのコンテストにも落ちるからあきらめたけど」
「へぇ、山田さんの書いた小説読みたい」
「まあ恋愛小説もあるからそれでいいなら」
「やった」

安静にしているおかげか、だんだん足の痛みが少しはマシになった。それともアドレナリンが出ているのか?
「眠くなってきたろ。さっきからあくびばかりしてる。これで眠りな」
私の髪を優しく撫でる蔵ノ介さん。
すっかり信用できる人と思えるからか、心地よく感じる。
そのまま私は眠りについた。

明朝。
ホテルのチェックアウトを済ます私たち。
そのまま病院へ直行。

どうやら診断の結果、足首と足の小指を骨折し、さらに足の甲が強く腫れアバラの骨まで2本折れているということだった。
それを聞いた山田さんは2人で当分の間部屋を借りて住むことを提案した。
私は迷った末、了承した。
山田さんの銀行に30万貯金があったのでそれをアテにしてしまう形であった。

あれからもう私たちは交際5ヶ月のカップルになっている。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

「私」

B型。

異様に押し流されやすく、頼まれたら決してNOと言えない性格。

がために、色々な人間に利用され続けてきた。


彼氏にケガを負わされる。

山田蔵ノ介。

O型。

毒親な父に悩み、ついに家を出て放浪する。

しかし所持金が3万になり焦った彼は

野宿を決意する。

そんな時に私と出会い、彼女を守る使命感を持つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み