〝先帝〟

　二大銀河から周辺小銀河群への派遣団の出発に際し、
その代表人格は人類にかく語れり。

『惑星上の文明において、農耕技術は体外物質の利用、
すなわち道具や器械の使用によりて食料生産を確保し、
文明の成立を可能とせり。
工業技術は体外動力の利用、すなわち動力機械の使用によりて
生産・輸送力を増大せしめ、文明を世界規模に拡大せり。
情報技術は体外情報媒体の利用、すなわち電算組織(コンピュータ・ネットワーク)の使用によりて
生産・輸送を効率化すると共に、社会の統合を促進せり。
この技術は文明の、惑星という空間的限界への到達による衝撃、
すなわち資源枯渇、環境破壊、貧困、紛争等の急激な悪化を緩和し、
文明の崩壊を防ぎたり』

『然し、情報技術のみにては文明の、
惑星上における時間的限界までは克服し得ざりしがゆえに、
人工知能、すなわち自己学習型の演算指示(ソフトウエア)が開発せられたり。
この技術は、新たな素材・動力(エネルギー)、生物工学(バイオテクノロジー)／生体工学(バイオニクス)、
知能機械(ロボット)、大量情報(ビッグデータ)の活用、先進的な医療・教育など、
さらなる画期的技術の開発をも可能とせり。
そしてこれらの次世代技術は、
従来は人間のみが行い来たる活動を支援・代行し、
富の生産と分配を最適化するのみならず、
それを行う人間自身の健康や教育をも向上させることにより、
物的資源、経済・社会活動、人的資源の全分野において、
惑星文明が直面せる持続可能性の問題を解決せり』



『以上の如く、人工知能を中心とする諸技術は、
生物など自然物と、機械など人工物の間の障壁を除去して
双方の持続可能性を高め、
体内環境を含む自然環境や、社会環境に優しきものにして、
いわば〝環境親和技術〟とも称すべき技術なり。
この技術はまた、宇宙船や宇宙施設など閉鎖系(クローズドシステム)における
文明活動の持続をも可能とし、
次なる文明段階を画する、本格的な宇宙開発の実現にも貢献せり』

『星間文明においては、他惑星への改造・適応による植民が農耕技術、
高次空間を経由せる移動・通信や動力入手が工業技術に相当せり。
また、高度・迅速な政策決定や共有人格の形成を可能とする、
種族規模の量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)が情報技術に相当せり。
然るに旧帝国においては、人格量子化技術の健全な普及が間に合わず、
量子頭脳内における人格間の権限配分が偏(かたよ)り続けしがゆえに、
専制化せる軍事種族間の大規模内戦という、
いわば情報時代における限定核戦争の如き惨禍(さんか)を招きたり』

『新帝国はこの内戦の終結後、
量子人格の民主化政策や星域間の融和政策を採用することにより、
かかる種族量子化技術の弊害(へいがい)を克服し、
国家の再統合とさらなる発展を可能とせり。
然し、かかる政策のみにては、局部銀河群(ローカル・グループ)における
量子化種族の増加による〝世代間対立〟や、
経済格差・文化衝突の増大等に対し、
星間文明の十分な持続可能性を確保することを得ず』

『惑星文明における情報段階の文明課題は、
人体など自然物と機械など人工物の融和なりしが、
星間文明における種族量子化段階の課題は、種族間の融和なり。
星間文明における種族間の相違は、
惑星文明における種族・機械間の相違よりも大なるがゆえなり。
そのため政府は近年、
多種族の人格を共存させ得る量子頭脳すなわち混成分離体や、
多様な環境に適応しうる共通分離個体などの、
〝種族間親和技術〟を開発・普及して、
効果的かつ迅速に問題を解決しつつあり』

『当派遣団もまた、５つの混成分離体により編成せられたり。
すなわち現皇帝種族〝光輝帝(ルシファー)〟サタンと技術種族ストラス、
産業種族アスモデウスと軍事種族アスタロト、
旧皇帝領種族グラシャラボラスと外周種族アドラメレク、
アンドロメダ銀河の旧帝国系種族ゴモリーと
先住種族マルコシアスの如く、
属性が異なる種族群からなる、多種族混成分離体なり』

『然し、中でも最も若き先進種族たる地球人と、
最も古き先進種族たる我等すなわち、
サタンに帰化せる〝先帝〟種族の生存人格群を中心とする
混成分離体が形成され、
派遣団の指導者に選ばれしことは、誠に喜ばしき出来事なり。
我等はこれより大小マゼラン雲を初めとする小銀河群に赴きて、
新国家の人道主義的開発政策を唱道(しょうどう)し、開拓地の活動を支援すると共に、
先住種族との交流を増進することにより、
相互のさらなる文明発展に貢献せん』と。

　彼女はかつて、多くの発展途上種族の神話において、
神にも象(かたど)られし種族の人格なり。
旧帝国の時代、その心優しきがゆえに文明開発長官を務め、
〝知恵の光を運ぶ者(ルシファー)〟の別名を得たる忠臣サタンは、
〝先帝〟種族を神に模(も)し、自ら悪役を演じる神話さえ用いて、
若き種族の文明発展を助けたればなり。

〝先帝〟種族の母星は悲劇的な内戦において破壊されしが、
その亡命・脱出人格群は数多く、
今もサタンを依(よ)り代(しろ)として、新国家の運営に影響力を有せり。
彼女は〝先帝〟種族から人類への好意的発言のみならず、
同種族が持つ不屈の意思を双眸(そうぼう)に湛(たた)えたる、
凛々(りり)しく優雅な少女の姿によりてもまた、観衆を魅了せり。