第5話 カフェ『Domus Flatus Maris』

文字数 2,803文字

「いらっしゃい! フィン」

 カフェの扉を開けると明るい声が飛んで来た。
 急ぎ便の無い朝は『Domus Flatus Maris』で朝食を食べるのが日課だ。

「おはよう、ジュリア。何時ものを頼む」

 フィンがいつもの席に座ると、ジュリアが手際よくサンドイッチと珈琲を運んできた。

「何か変わったことはあるかい?」

「そうね、フィンが飛び切り美人の女の子を連れて来たって、話題になっているくらいかしら?」

(まじか、爺さん婆さんたちの情報伝達力半端ないな…)

 アリスとは港で判れたきりなので、その後はどうなったかは知っていない。港でたむろしていた爺さんたちが噂したのだろう。

「もう話題になっているのか…」

「住民ネットワークをなめちゃ駄目よ」

 他に客が居ないのを良い事に、ジュリアは向かいの席に腰掛けて話し始めた。こんな小さな島では話題が少ないため、フィンとアリスのことは格好のネタだった。

「飛び切り美人の女の子って事だけど本当にそうなの?」

「ああ、まぁそうだな。まだ少し幼かったけど数年経てば圧倒的に美人になるだろう」

「女性には疎いフィンにそこまで言わせるのだから本物ね。いいなー折角だから顔を見てみたいわ」

「疎いは酷くないか?」

「だって貴方、芸能人にもモデルにも興味を示さないじゃないの。酒場で女性に声かける訳でもないし、そっちの方面かと噂もあるのよ。知ってる?」

「マジか、勘弁してくれよ。断じてそっちのケはないぞ」

「知っているわよ…で、彼女なのだけど、ほら山手に大きな別荘があるじゃない? あそこに滞在しているらしいわよ。あそこの持ち主もはっきり分からないし、何か知らないの?」

「カリーナに無理言われて運んで来ただけだしなぁ。あそこって噂ではどこかの貴族様の別荘だろ? 良い所のお嬢さんだとは思ったが、やはりそうなのかね」

「カリーナってあの?」

「そうだよ、F・P・W(フォージド・プライド・ワークショップ)の娘な。仕事があるって呼び出されて行ったら、その旅客だったんだよ」

 やれやれというポーズをして返事をした。

「そっかー何か知っているかと思ったので期待してたのだけどなー」

「期待に応えられずにスマンな」

「残念。で、この後はどうするの?」

「いつも通りだな。事務所に顔を出して予定を確認してから、運送組合(ギルド)に行って依頼を見てから決める感じだな。
 一昨日昨日みたいに長距離を飛ぶ依頼は滅多にないんだ。長距離を飛ぶのは嫌いじゃないが、やはり諸島(サルティーナ)を飛んでいるのが好きだし、手頃な依頼があればいいけど」

 そう話して残りのサンドイッチを頬張ると、店を後にした。


 ◇◇◇◇◇


 朝食後、フィンは通りを抜けて事務所に向かった。シャッターが開いているのを見て、事務員のマヌエラが勤務していることを確認する。ドアを開けながら挨拶をする。

「うっす、お疲れさん」

「おかえりなさい! フィン」

「何か依頼はあったか?」

 事務所に居るのはF・P・Wのおやっさんから紹介されて雇った事務員だ。事務所の留守番と連絡役、それに伝票の整理など事務処理をやって貰っているが、なかなかに優秀だった。

「ええと、何時もの依頼分が二件ね。昨日フィンさんが運送組合(ギルド)から持ち帰ったのが三件、合わせて五件かしらね」

「何時もの二件は同じ方向かい?」

「残念ながら全く別ね」

 おどけた調子で返されるがそれは辛い。昨日臨時収入があったとはいえ、このままでは死活問題だ…

「マジか…ちょっともう集めないと経費も出ないぞ。もう一度運送組合(ギルド)行ってくるわ、留守番よろしく」

「任されて!」


 ギルドに到着すると、フィンはカウンターの担当者に声をかけた。

「おはよう、フィン。今日はどんな依頼を探してるんだい?」

「長距離じゃなくて、午後からのフライトで終わりそうな近場の依頼があれば助かる」

 担当者はしばらく書類をめくりながら考え込んだ。

「うーん、今日は近場の依頼が少ないんだよな。でも、この島(セルディオ)に医薬品を届ける緊急便が一つある。報酬は悪くないが、ちょっとリスクがあるかも」

「リスクって?」

「最近、その島周辺では盗賊団が出没してるらしいんだ。安全とは言えない」

「このご時世に盗賊団かよ…手口は?」

 戦後の混乱期ならともかく今はだいぶ治安もよくなっているので、盗賊団は久しぶりに聞く単語だった。

「最近何機か狙われたんだよ。一機に頭を押さえられてもう一機が後ろから威嚇射撃だ。強制着水されて荷物を奪われるんだと」

「軍に連絡済みだろ。まだ動かないのか?」

「パトロールは増やしているらしいが、ダメだな。何せ空域が広いから仕方ない…」

 フィンはしばらく考えた後、決断した。

「判った、やるよ。収入は魅力的だし、誰かがやらなきゃならない仕事だ。それに俺の機体ならそこいらの機体なら振り切ることも出来るだろう」

「分かった。じゃあ、詳細はこれだ。準備して荷物を受け取ってくれ」

 担当者から書類を受け取ると事務所に戻り、マヌエラに緊急便の依頼を受けたことを伝える。

「フィン、大丈夫なの? それって盗賊団がいるって聞いたけど…」

「まあ心配するな、マヌエラ。これまで何度も危険を乗り越えてきた戦争帰りだしな。数機がかりで空戦しない限り大丈夫だ」

「でも…」

「俺がいない間、事務所を頼む。何かあったらすぐにギルドに連絡してくれ」

 マヌエラは心配そうな表情を浮かべながらも、頷いた。

「じゃぁこれから飛行機を準備して荷物を受け取ってくる。セルディオ方面の依頼書をくれないか」

「判ったわ、セルディオ方面はこれね」


 ◇◇◇◇◇


 フィンは飛行機の点検をしはじめると、ふと昨日はアリスがものすごく興味深そうに見ていたことを思い出した。今日の話を聞いたら、喜ぶのかもしれないなと思いながら、すぐに忘れて準備に集中した。ギルドの倉庫から荷物を受け取り機体に積み込んでいく。

「よし、エンジンも問題なし。荷物も固定した。これで大丈夫っと」

 天気が良いので視界は良好だ。近づく機体があればすぐに発見できるだろう。やがて飛行機が医薬品を届ける島に近づくと、盗賊団が出没しているという情報を頭に入れながら注意深く周囲を警戒する。見渡しても機影は無い事を確認し、着水態勢に入った。

 無事に医薬品を届けると、島の住民たちは感謝の言葉を述べた。フィンは少しの間、彼らと談笑しながら情報を集めた。

「最近、盗賊団が出没しているって聞いたけど、実際どうなんだ?」

「ああ、確かに最近増えてるよ。だけど、軍のパトロールが増えたおかげで少しずつ治安も回復してきているさ」

 住民はそれ程気にしてないのか緊迫感は無かった。その言葉に安心しつつも、フィンは警戒を怠らなかった。

 幾つかの島に荷物を届けて、帰路に着く。帰りも盗賊団を警戒したが、結局は同業者の機影を遠くに見ただけで終わったのは、幸いだった。

「それにしても盗賊団か、どこの島を根城にしてやがるんだか」

 大事にならなきゃいいんだがなと思いつつ、港に帰り着いた。

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