第1話

文字数 2,000文字

 何年か前迄は毎月購読していた小説現代。
 何時の頃からだろう。
 疎遠になったのは。
 今思えばそれは小説現代新人賞や江戸川乱歩賞に投稿するのを止め、見果てぬ夢を追い掛けなくなった頃からである。
 もしもノベルデイズの書評コンテストのお題が小説現代11月号でなければ、購入は疎か書店で立ち読む事さえしなかったかも知れない。
 然るに今回縁有って運命の再会を果たせた。
 新宿の某大手書店で文芸誌コーナーの前に立った時の事である。
 先ず最初に眼を奪われたのは表紙の妻夫木聡だ。
 彼の半身どアップの右上に申し訳程度だが、確かに小説現代と記されている。
 これは私が購読していた頃には無かった事であり、再会初っ端から当惑を禁じ得なかった。
 手に取った後私は思わず小首を傾げた。
 男性読者が多数を占める小説現代の表紙が、何故妻夫木聡なのか。
 と、そう思った直後、或るテレビドラマが脳裏を過ぎった。
 TBSの日曜劇場で放映中の東野圭吾原作、「危険なビーナス」の事が。
 しかしそれなら吉高由里子の筈。
 タイトルにもビーナスと有る事だし。
 それに中高年の男性には絶大な人気を誇る彼女なのだ。
 どうにも腑に落ちずその場でパラパラと頁を捲ってみると、漠然とだが何故妻夫木聡を表紙に起用したのかが分かった。
 何となれば今の小説現代は、私の知る漢の為の文芸誌ではなくなっていたからである。
 恋愛物がそこかしこに顔を出し、歴史物にしても男性の好む勝ち組の物語ではなく、歴史好きな女性である所謂「歴女」の好む、潔く生きた負け組、と、でも言うべき悲運な人物を描いた作品が中心の構成へと、大きく変貌を遂げていたのだ。 
 その事を知った私は思わず胸中に独りごちた。

「これって『小説女性現代』だよ」、と。
 
 その上連載物中心だった誌面の殆どが読み切りスタイルになっている。
 レジで小説現代を購入した後、気になったので女性誌のコーナーに立ち寄ってみた。
 表紙が誰か確認したかったのだ。
 するとViViの表紙がジャニーズJr.のトラビスジャパンで、Withの表紙がJO1。
 またVOCEは広瀬すず。
 恐らく彼等はF1層の嗜好に叶う。
 しかし妻夫木聡が表紙の女性誌はその他にも全く無い。  
 彼ではF1層が感情移入出来ないのだろう。
 とは言え清潔感や真面目さには定評がある。
 つまりこれは女性誌の如くF1層のみを取り込むのが狙いではなく、幅広い年齢の女性に好感を得るのが狙いなのだ。
 と、すれば、母と娘で廻し読む読者層を抱える昨今の文芸誌に取っては最適の起用となる。
 しかしそんな「小説女性現代」に、中年、否、初老の親爺の私が読める作品は有るのか。
 そうした疑念を抱きながらも、家に辿り着くなり貪り読んだ。
 すると一際眼を惹く美女が今野敏と対談しているではないか。
 今野敏原作のドラマか映画に出演する女優なのかと思ったが違う。
 歴史好きタレントらしい。
 今回初めて知ったが小説も書くのだそうだ。
 しかしこう言う綺麗な顔の女流作家が書く小説は、概して期待出来ない。
 何故なら私の認める美人で実力も兼ね備えた女流作家は、今も尚たった一人綿矢りさだけだからである。
 そんな奇跡のような女流作家は滅多に居ないのだ。
 全く期待せずに否定的先入観のまま、小栗さくらの「恭順」を読む。
 然るに結果は綿矢りさ以来の奇跡だった。
 随分と骨の有る本物の小説である。
 歴史小説に小栗が登場する場合、殆どの作品が海軍奉行並としての彼の職責に纏わる物語になっており、小栗は飽く迄上野介なのだ。
 ところがこの「恭順」では一貫して忠順(ただまさ)としての小栗本人を追う。
 一本の螺子を通して息子又一に伝えたかった事とは何か。
 或いは忠順の恭順への思いとは。
 俊才が故にこの世を去った罪なき小栗忠順と息子の又一を、繊細なタッチで見事に描き切って見せた小栗さくら。
 素晴らしかった。
 しかし良く考えてみると、栗尽し、否、小栗尽し、の11月号だった。
 小栗忠順に、小栗さくら、それに小栗旬迄。
 私は親爺だがスイーツに目がないので、小栗が栗に見えてしまうのだ。
 独り身の親爺である私は今年の秋、存分にモンブランを楽しみ歴史小説も読んだ。
 とは言え家族の居る親爺達はどうか。
 少し心配になって来たので同世代の親爺として提案する。
 母と娘で廻し読んでから最後の最後に、お父さんにも廻し読ませて上げれないものか、と。
 一冊の小説現代を母と娘と父の、家族3人で廻し読む。
 そんな小説現代なら凄くいい。
 そこで次の機会に是非小栗さくらの表紙で、その号に彼女の作品の掲載も提案したい。
 それとスイーツ特集も。
「栗とさくらのシンフォニー」、と、題して。
 来年の春には是非ともそんな小説現代を、我々親爺達にも読ませて欲しい。
 勿論スイーツ大好き親爺はその時、「桜薫るモンブラン」を食べながら読む筈だ。/了
 
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