第1話

文字数 1,993文字

「ニコラス先生、フィリップ4世について書いてある本があったら貸して欲しいのですが・・・」
「今度はフランスの歴史にも興味を持ったのか?」
「はい、亡霊になったら本は読めないと言われましたので・・・」
「ハハハ、確かにそうだ。死んで亡霊になったらもう本は読めない。君は本当に本が好きなのだな」
「はい」
「フェリペ、君の将来について考えていることがあるのだが・・・」
「僕の将来ですか?」
「君ももうすぐ15歳になる。そろそろこの修道院を出て行かなければならない。私の昔からの友人で医者や研究者になった者が何人かいる。彼らに手紙を書いて、君を助手として雇ってもらえないか相談してみようと考えている」
「本当ですか?」
「彼らのところに行けば君はもっと勉強ができる。だが、君がまだ父親と一緒に暮らしたいと思っているなら無理強いはできない」
「いえ、父と一緒に暮らすことはもうないと諦めています」
「それならば手紙を書いてみる。君は私の大切な生徒だ。信頼できる友人に君を託したい」
「ありがとうございます」



 フィリップ4世について書いてある本のページを開いたが、正直あんまり読む気はしなかった。テンプル騎士団を解散させ、総長などを火あぶりにした王なんて強欲で残虐非道に決まっている。フィリップ4世は端麗王という名前で知られていて本の表紙は豪華な肖像画になっているが、いくら顔がよくてもやっていることはひどい。ラミロ2世たちに頼まれなければこんな王様について書かれた本、しかも難しいラテン語の本なんて絶対手に取らなかったであろう。本のページをめくってとりあえず年号と出来事だけノートに書き出した。




1268年 フィリップ3世と最初の王妃イザベル・ダラゴンの子として生まれる。
1276年 兄のルイが亡くなったため、幼少時より次期フランス王として育てられた。
1284年 ナバラ女王フアナ1世と結婚し、ナバラ王国とシャンパーニュ伯領を支配下に収めた。
1285年 アラゴン十字軍の遠征の帰りに病没した父フィリップ3世の後を継いで即位した。アラゴンとの争いはナポリ王カルロ2世に対する義理立てであり、1291年に条約を結んで集結した。

 フィリップ4世の生涯はかなり複雑である。僕は年表を作るのが面倒になり、ノートに重要だと思われる言葉だけ書き写した。

『教皇ボニファティウス8世との対立』『聖職者・貴族・市民の3身分からなる議会をパリのノートルダム大聖堂に設ける』『アナーニ事件』『クレメンス5世とアヴィニョン捕囚』『テンプル騎士団解体』

 テンプル騎士団のところだけしっかりノートに書いた。

1307年 テンプル騎士団の総長ジャック・ド・モレーを含むフランスのテンプル騎士団のメンバーが一斉に逮捕された。拷問による異端審問が行われた後、教皇クレメンス5世に働きかけ、テンプル騎士団を解散させフランス国内の資産を没収した。
1314年 モレーら騎士団の最高幹部を異端として火刑にした。火刑の時、モレーはフィリップ4世と教皇クレメンス5世に呪いの言葉を発したといわれる。同年、フィリップ4世は狩りの最中に脳梗塞で倒れ、数週間後に亡くなった。同年にはクレメンス5世も世を去っている。




 数日後の夜、ラミロ2世とペドロ2世の2人が僕の部屋に姿を現した。2人とも豪華な王様の衣装を身に付けていた。ハインリヒ7世はいない。

「ハインリヒ7世は来られないのですね」
「私たちも色々調べているが、モンソン城に行った日を最後に、姿を見た亡霊は誰もいなかった」
「そうですか・・・」

 僕は2人の王様を前にして、ノートを見ながら一生懸命説明した。2人は何も言わずに立ったままじっと聞いていた。

「ありがとうフェリペ。よく調べてくれた。ところでフィリップ4世というのはアラゴンの血が入っているのか?」
「はい、母がアラゴン王女のイザベル・ダラゴンで彼女はハイメ1世の娘です」
「つまり私のひ孫にあたるわけか」
「そうですね」
「結局テンプル騎士団の解散は、フィリップ4世だけでなく教皇も関わっていたのか」
「はい、クレメンス5世です。モレーは火刑の時に呪いの言葉を発して、フィリップ4世もクレメンス5世も同じ年に世を去ったようです」
「呪いの言葉で死ぬぐらいでは許せぬ!拷問を受け火刑にされた者の無念を思えば、地獄での永遠の苦しみを受けてもまだ足りないくらいだ」
「でもフィリップ4世は敬虔なキリスト教徒でもあったようです。フランス国内の制度も整えました。彼の子の代でカペー朝は断絶し、フランスの王位はヴァロワ朝に移りました」
「フランスという国は複雑な歴史を抱えているのだな。ちょうどよい、そなたは本が読めるのだから、その後のフランスについて調べてくれ」
「え、僕がですか?」
「我々の方でもフランスの歴史に詳しい亡霊がいないか探してみる」

 僕よりも彼ら2人の探求心に火がついたらしい。



 




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