第1話

文字数 2,000文字

 たとえば、そう、あくまでたとえばの話なんだけど、自分が超能力を使うことが出来たとしよう。それで得意な気持ちになったのも束の間、周りにもっとすごい超能力を扱える人がわんさかいる状況になったらどんな気分になるか、想像できる?

 いや、やっぱりたとえばなんて言ってごまかすのはよそう。これは紛れもなく僕の話なんだ。僕は超能力が使える。念力っていうんだけど、頭の中で念じるだけで物体を手で触れることなく動かすことができるんだ。

 超能力なんか現実にはないと思うでしょ? あるんだよね、それが。超能力を持っている人はだいたいシャイで、目立ちたくて力を見せびらかすなんてことがないから、あまり広まらないんだと思う。でも、気づかないだけで、信じられていないことが実際にあるっていうことが、この世の中にはたくさん溢れていると僕は思う。

 超能力って言うと、君はこういうのを想像するかもしれない。大きな岩を両手で操って持ち上げたり、離れたところにある木を引っこ抜いて投げたりする、派手なやつ。

 僕のは全然違う。机の上に置いたコップをたった数センチ動かす程度さ。それを見せたときの反応は人それぞれで、少しの移動でも驚いてくれる人もいれば、鼻で笑う人も少なくない。

 何が辛いって、別に鼻で笑われることじゃなくて、まわりと比べて明らかに程度の低い超能力しか持っていないことなんだ。僕は今『超能力集団Q』という団体でパフォーマーとして雇われているんだ。Qって、アルファベットの中で一番”エスパー”って感じの文字だよね。まあそんなことはどうでもいいんだけど、『Q』に所属している他のメンバーはもっと派手な超能力を持っていて、最近入ってきた後輩は瞬間移動ができるんだ。そんなにすごいのを見せられちゃうと、ちょっと気が滅入るよね。

 でも、一応は不貞腐れずに努力してきたつもりなんだ。興行の時間が終わったあとも居残り練習みたいな形で、より大きいものを動かせるように力を入れてみたり、もっと離れたところから動かせるように訓練してみたりね。『超能力集団Q』は残業代も出してくれるから、そこはありがたいね。9時から5時までが定時なんだ。だいたいみんな5時に帰る。結構ホワイトだよね。そのうちビジネス誌の記事にも載るんじゃないかな。ホワイトな企業ランキングとか、残業が少ない企業ランキングとかに、『超能力集団』という文字列が刻まれる日もそう遠くないかもしれない。でも僕はだいたい一人で残業する。もう少し派手な技術を身に着けないと、コップを動かすだけのやつが瞬間移動する後輩より多く給料をもらっている現状は、僕にとってかなり肩身が狭いからね。でも、居残り練習が実を結ぶことは全くと言っていいほどにないね。僕はずっとコップを動かすくらいのことしかできない。絶望だよね。

 ちょうどこの前まで、水族館の近くで興行をしてたんだ。僕らは大道芸人とかサーカス団みたいに全国を回ってるんだけど、水族館とか動物園は家族連れで来るお客さんが多いから、ついでに寄ってくれることを期待して近くに大きなテントを張って営業することがよくあるんだ。

 それで、興行の合間の休憩時間(もちろん労働基準法を遵守した長さの)にその水族館に行ってみたんだよ。そしたら、たくさんのペンギンがよちよち歩いてたんだけど、泳いでるやつが誰もいないんだ。ペンギンが泳ぐのを見たことある? まるでリボルバーから放たれた弾丸みたいに素早く、洗練された泳ぎ方で泳ぐんだ。歩くときのキュートさもペンギンの良さなんだろうけど、僕はやっぱりペンギンに生まれたなら南極だか北極だかをとんでもない速さで泳ぎ回りたいだろうって思うね。でも、水族館で生きるしかないなら、それはそれで可愛く見せる努力とかしちゃうかもしれない。

 それが直接的な原因なのかはわからないんだけど、分厚いアクリル板越しにペンギンを見たあの日から、コップがちょっとでも動いているなら、それでもまあ別にいいのかなって思うようになったね。超能力が使えることを誇りに思ったり、その力の中途半端さを呪ったりしたこともあったけどね。

 でも、それとはまた別に、最近はなんだか、人間は誰しもが念力みたいなものを使えるんじゃないかとか考えるようになったね。そりゃ、力学的に何かを触れずに動かすことは出来ないと思うけど、離れているものを動かすことって、挑戦すれば誰でもできると思うんだ。それで、僕はそっちの方が実は得意なんじゃないかとか思っちゃったりするね。その方が南極のペンギンでいられるんじゃないかって。いったいその力で何を動かすことができるかって、それはちょっと恥ずかしくて言えないけどさ。どうして僕がこんな話をするのかって言うのがまあその理由だよね。わざわざ話を聞いてくれてありがとう。僕が動かそうとしたものが、数センチでも動かせていると嬉しいんだけど。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み