答えはルビーチョコレート
文字数 3,306文字
二人で勉強した後に麗華がくれるのは、一粒のルビーチョコレート。
クールな彼女には似合わない、可愛いピンクのチョコレート。
「花音のイメージで買ったのよ。私は甘いもの食べないし」
そう笑う麗華は大人っぽくて、今もストレートの紅茶なんか口にしている。
「ピンクだから苺味かなって思って食べるとさぁ、全然苺じゃない味するから不思議だよねぇ」
ぼんやりとルビーチョコレートの感想を言う私を、暖かい眼差しで見つめてくる。大きなアーモンド型の瞳で見つめられると、女同士でもちょっとドキドキしちゃう。
凛と背筋が伸びた長身。
艶やかなストレートロングの黒髪。
容姿端麗、文武両道。
麗華は私の自慢の友達。
◆ ◆ ◆
高校からの帰り道。二人でコンビニに入る。目立つ場所で展開されている、バレンタインのチョコレートコーナーが目に留まった。
「バレンタインかぁ。麗華は誰かにチョコあげるの?」
軽い気持ちで聞いたところ、
「えっ……」
麗華は頬を赤く染めて、黙り込んでしまった。
「えっ、麗華、好きな人いるの?」
そのリアクションに驚いて、思わず詰め寄ってしまう。
「もう、からかわないでよ!」
眉をひそめる麗華。こんな風に取り乱すのは、彼女らしくない。
「からかってないよ。ふーん、そっか……。どんな人? 私の知ってる人?」
「……まあ、知ってると言えば、そうなのかな」
「えーっ! 誰だれ!」
前のめりに興奮する私の頭を、麗華はポンポンと撫でる。
「困った子ね。まだ誰かに打ち明ける勇気がないの。告白して嫌われるのが怖いから。ごめんね」
そう言って俯く麗華。
「嫌われるなんて、そんなのあり得ないと思うけどな」
だけど私は、彼女の好きな人を聞き出すのをやめた。無理強いはしたくない。
「自信持ってよ。誰を好きになったって、麗華なら上手くいくよ」
力強く言う私を、麗華は何も言わずに見て目を細めた。
◆ ◆ ◆
翌日の放課後。私は教室でお菓子作りの本を読んでいた。
好きな人はいないけれど、友達や家族に手作りチョコを渡そうと考えていたのだ。
「篠原、お菓子作るのか?」
クラスの男子に声を掛けられた。
「うん。バレンタインチョコ」
「おっ。俺にも作ってよ」
「えー。余ったらあげるね」
「絶対余らせろよ!」
念押しされて、私は苦笑いする。多めに作らないとだなぁ。
パラパラとページを捲っていると、図書委員の当番を終えた麗華が教室に戻ってきた。
「花音、何読んでるの?」
「お菓子作りの本だよ。あ、そうだ。一緒にチョコ作らない?」
「チョコ?」
「そう、バレンタインの」
そう告げると、麗華は再び顔を赤らめた。意外と恥ずかしがりやさんなんだな。
「手作りのチョコって、貰ったら嬉しいかな?」
「嬉しいよ~。一緒に作ったら楽しいしね」
「うん、じゃあ、一緒に作ろう」
「やったぁ!」
その後、少し勉強を教えてもらった。終わったら、いつも通り麗華が鞄からルビーチョコレートの箱を取り出す。
「花音はルビーチョコレート、好き?」
手渡されたチョコレートを見ながら答える。
「うんっ。チョコの中で一番好きかな。麗華に貰うまで食べたことなかったんだけど、食べてみたら美味しかったよ。色もピンクで可愛いし」
「……じゃあ、バレンタインチョコは、ルビーチョコレートで作るね」
「いいね! 見た目が華やかだから告白にはぴったりだよ」
「告白って……。うん、でも、ちゃんと自分の気持ち、伝えてみようかな」
「そうしなよ~!」
私の好みで本命チョコを決めていいのかな、とは思ったけれど、楽しそうな麗華を目にしたら、何も言えなくなってしまった。私はどんなチョコを作ろうか。
◆ ◆ ◆
チョコ作り当日。学校帰りにスーパーで材料を買うことにした。
特設の売り場には、色とりどりのトッピングや型、ラッピングが並んでいて、見ているだけでワクワクする。
「花音はチョコ渡す人いるの?」
麗華に聞かれ、クラスメイトの男子の姿が思い浮かんだ。
「あー、平山にあげないと」
私のその言葉を聞いて、何故か麗華の表情が曇った。
「えっ、花音って、そうだったの……」
「何のこと?」
聞いてみても、彼女は首を横に振るばかり。
「ごめんね、ちょっと寒気がするみたい。急で悪いけど、チョコ作るのキャンセルしてもらってもいいかな?」
力なくそう言う麗華。
「えっ、いいけど。大丈夫?」
私は心配だったけれど、彼女は弱々しく微笑んでから、それじゃあね、とすぐに背中を向けて立ち去った。
仕方ないので、一人でお菓子の材料を買って家で作った。もちろん麗華の分も。
麗華、大丈夫かな……。
◆ ◆ ◆
翌日はバレンタイン。
たくさんのお菓子が入ったサブバッグを抱えて、いつも一緒に登校している麗華と待ち合わせる。
「花音、おはよう」
「麗華! 具合は良くなった?」
「ええ。心配してくれて、ありがとう」
晴れやかに笑う麗華の顔色は良くて、確かに回復したみたい。
「あれ、それは……」
彼女は小さな紙袋を手にしていた。
「ああ、昨日結局、チョコ作ったの。本当は花音に教わりたかったんだけどね」
「そうだったんだ」
元気そうでホッとする私に、麗華は真剣な表情で告げた。
「花音。放課後、話があるの」
えっ、私? 何だろう。好きな人に告白しなくていいのかな。
「どうしたの? 今言ってくれていいよ」
「話すと長くなるから、放課後に」
「? 分かった」
◆ ◆ ◆
放課後。人気のない空き教室に連れてこられた。本当に、何の用だろう?
「あ、麗華。話の前に。渡しそびれてた、これ」
私はライトパープルの不織布と赤いリボンでラッピングしたチョコを差し出した。
「ありがとう。手作り?」
「うん、昨日作ったトリュフ。他の人にはクッキーあげたんだけど、麗華だけ特別だよ」
そう言うと、麗華は目を見開いた。
「何で私のチョコが特別なの?」
「だって、一番好きな人だもん。いつも一緒にいて、楽しいし」
ちょっと照れながら答えると、彼女は目を見開いたまま聞いた。
「私が一番? 平山君じゃないの?」
「何で平山ぁ? あいつ、バレンタインチョコくれくれうるさいからさ、クッキー多めに焼いたのあげたよ。義理なのに嬉しいのかな?」
私は笑ったけれど、麗華はハッとした表情になった。
「私……、花音が平山君と付き合ってるって、誤解しちゃった」
「えぇっ! ないない。何であんなうるさい奴と」
両手を振って全否定すると、麗華は腕に掛けていた紙袋を私に持たせた。
「えっ?」
「花音」
真剣な瞳に射止められる。
「私が好きな人は、花音なの」
「!」
目を丸くして、彼女の顔を見返した。
麗華が、私を好き?
「友達になった時から、明るくて優しい花音が、ずっと好きだった。このまま仲良くしていたかったけど、それじゃ苦しくて……。今日、バレンタインに、想いを伝えることにしたの」
切実な麗華の言葉に、驚きが隠せない。
そんな私を見て、彼女は表情を曇らせた。
「ごめんね、迷惑掛けて。もう友達でいたくないよね。聞いてくれてありがとう。それじゃ」
そう告げると、私に背中を向けて歩み去ろうとする。
「あっ、待って!」
思わず、麗華の腕を掴んでいた。
「花音?」
振り向く彼女に向かって、言葉を絞り出す。
「迷惑なんかじゃない。びっくりしたけど、私のことを好きになってくれて、嬉しかったから……。付き合うとかは、まだ考えられない。でも、これからも麗華と一緒にいたいよ」
一気に言い切って、恐る恐る麗華を見ると、彼女は目に涙を浮かべていた。
「ありがとう、花音。返事が貰えるまで、私、ずっと待つから。これからも友達でいてくれる?」
「もちろん!」
私も泣きそうだった。俯いて、手にしていた紙袋の存在に気付く。
「あ、チョコ、どんなの作ってくれたの?」
紙袋を開くと、淡いピンクのオーガンジーに包まれた小さな白い箱が入っていた。
箱の中には、ピンクのハート型チョコ。ルビーチョコレートだ。
「花音の誕生日って七月でしょう。七月の誕生石は、ルビーなんだよ」
私は顔を上げた。微笑む麗華は、やっぱり綺麗だ。
「そしてね、ルビーの宝石言葉は『純愛』。私の想いを表すのに、ぴったりだって思ったの」
頬を赤らめて告げる麗華。私の胸がきゅうっと、音を立てた。
私はどこかうっとりとした気持ちで、彼女の潤んだ瞳を見つめた。
クールな彼女には似合わない、可愛いピンクのチョコレート。
「花音のイメージで買ったのよ。私は甘いもの食べないし」
そう笑う麗華は大人っぽくて、今もストレートの紅茶なんか口にしている。
「ピンクだから苺味かなって思って食べるとさぁ、全然苺じゃない味するから不思議だよねぇ」
ぼんやりとルビーチョコレートの感想を言う私を、暖かい眼差しで見つめてくる。大きなアーモンド型の瞳で見つめられると、女同士でもちょっとドキドキしちゃう。
凛と背筋が伸びた長身。
艶やかなストレートロングの黒髪。
容姿端麗、文武両道。
麗華は私の自慢の友達。
◆ ◆ ◆
高校からの帰り道。二人でコンビニに入る。目立つ場所で展開されている、バレンタインのチョコレートコーナーが目に留まった。
「バレンタインかぁ。麗華は誰かにチョコあげるの?」
軽い気持ちで聞いたところ、
「えっ……」
麗華は頬を赤く染めて、黙り込んでしまった。
「えっ、麗華、好きな人いるの?」
そのリアクションに驚いて、思わず詰め寄ってしまう。
「もう、からかわないでよ!」
眉をひそめる麗華。こんな風に取り乱すのは、彼女らしくない。
「からかってないよ。ふーん、そっか……。どんな人? 私の知ってる人?」
「……まあ、知ってると言えば、そうなのかな」
「えーっ! 誰だれ!」
前のめりに興奮する私の頭を、麗華はポンポンと撫でる。
「困った子ね。まだ誰かに打ち明ける勇気がないの。告白して嫌われるのが怖いから。ごめんね」
そう言って俯く麗華。
「嫌われるなんて、そんなのあり得ないと思うけどな」
だけど私は、彼女の好きな人を聞き出すのをやめた。無理強いはしたくない。
「自信持ってよ。誰を好きになったって、麗華なら上手くいくよ」
力強く言う私を、麗華は何も言わずに見て目を細めた。
◆ ◆ ◆
翌日の放課後。私は教室でお菓子作りの本を読んでいた。
好きな人はいないけれど、友達や家族に手作りチョコを渡そうと考えていたのだ。
「篠原、お菓子作るのか?」
クラスの男子に声を掛けられた。
「うん。バレンタインチョコ」
「おっ。俺にも作ってよ」
「えー。余ったらあげるね」
「絶対余らせろよ!」
念押しされて、私は苦笑いする。多めに作らないとだなぁ。
パラパラとページを捲っていると、図書委員の当番を終えた麗華が教室に戻ってきた。
「花音、何読んでるの?」
「お菓子作りの本だよ。あ、そうだ。一緒にチョコ作らない?」
「チョコ?」
「そう、バレンタインの」
そう告げると、麗華は再び顔を赤らめた。意外と恥ずかしがりやさんなんだな。
「手作りのチョコって、貰ったら嬉しいかな?」
「嬉しいよ~。一緒に作ったら楽しいしね」
「うん、じゃあ、一緒に作ろう」
「やったぁ!」
その後、少し勉強を教えてもらった。終わったら、いつも通り麗華が鞄からルビーチョコレートの箱を取り出す。
「花音はルビーチョコレート、好き?」
手渡されたチョコレートを見ながら答える。
「うんっ。チョコの中で一番好きかな。麗華に貰うまで食べたことなかったんだけど、食べてみたら美味しかったよ。色もピンクで可愛いし」
「……じゃあ、バレンタインチョコは、ルビーチョコレートで作るね」
「いいね! 見た目が華やかだから告白にはぴったりだよ」
「告白って……。うん、でも、ちゃんと自分の気持ち、伝えてみようかな」
「そうしなよ~!」
私の好みで本命チョコを決めていいのかな、とは思ったけれど、楽しそうな麗華を目にしたら、何も言えなくなってしまった。私はどんなチョコを作ろうか。
◆ ◆ ◆
チョコ作り当日。学校帰りにスーパーで材料を買うことにした。
特設の売り場には、色とりどりのトッピングや型、ラッピングが並んでいて、見ているだけでワクワクする。
「花音はチョコ渡す人いるの?」
麗華に聞かれ、クラスメイトの男子の姿が思い浮かんだ。
「あー、平山にあげないと」
私のその言葉を聞いて、何故か麗華の表情が曇った。
「えっ、花音って、そうだったの……」
「何のこと?」
聞いてみても、彼女は首を横に振るばかり。
「ごめんね、ちょっと寒気がするみたい。急で悪いけど、チョコ作るのキャンセルしてもらってもいいかな?」
力なくそう言う麗華。
「えっ、いいけど。大丈夫?」
私は心配だったけれど、彼女は弱々しく微笑んでから、それじゃあね、とすぐに背中を向けて立ち去った。
仕方ないので、一人でお菓子の材料を買って家で作った。もちろん麗華の分も。
麗華、大丈夫かな……。
◆ ◆ ◆
翌日はバレンタイン。
たくさんのお菓子が入ったサブバッグを抱えて、いつも一緒に登校している麗華と待ち合わせる。
「花音、おはよう」
「麗華! 具合は良くなった?」
「ええ。心配してくれて、ありがとう」
晴れやかに笑う麗華の顔色は良くて、確かに回復したみたい。
「あれ、それは……」
彼女は小さな紙袋を手にしていた。
「ああ、昨日結局、チョコ作ったの。本当は花音に教わりたかったんだけどね」
「そうだったんだ」
元気そうでホッとする私に、麗華は真剣な表情で告げた。
「花音。放課後、話があるの」
えっ、私? 何だろう。好きな人に告白しなくていいのかな。
「どうしたの? 今言ってくれていいよ」
「話すと長くなるから、放課後に」
「? 分かった」
◆ ◆ ◆
放課後。人気のない空き教室に連れてこられた。本当に、何の用だろう?
「あ、麗華。話の前に。渡しそびれてた、これ」
私はライトパープルの不織布と赤いリボンでラッピングしたチョコを差し出した。
「ありがとう。手作り?」
「うん、昨日作ったトリュフ。他の人にはクッキーあげたんだけど、麗華だけ特別だよ」
そう言うと、麗華は目を見開いた。
「何で私のチョコが特別なの?」
「だって、一番好きな人だもん。いつも一緒にいて、楽しいし」
ちょっと照れながら答えると、彼女は目を見開いたまま聞いた。
「私が一番? 平山君じゃないの?」
「何で平山ぁ? あいつ、バレンタインチョコくれくれうるさいからさ、クッキー多めに焼いたのあげたよ。義理なのに嬉しいのかな?」
私は笑ったけれど、麗華はハッとした表情になった。
「私……、花音が平山君と付き合ってるって、誤解しちゃった」
「えぇっ! ないない。何であんなうるさい奴と」
両手を振って全否定すると、麗華は腕に掛けていた紙袋を私に持たせた。
「えっ?」
「花音」
真剣な瞳に射止められる。
「私が好きな人は、花音なの」
「!」
目を丸くして、彼女の顔を見返した。
麗華が、私を好き?
「友達になった時から、明るくて優しい花音が、ずっと好きだった。このまま仲良くしていたかったけど、それじゃ苦しくて……。今日、バレンタインに、想いを伝えることにしたの」
切実な麗華の言葉に、驚きが隠せない。
そんな私を見て、彼女は表情を曇らせた。
「ごめんね、迷惑掛けて。もう友達でいたくないよね。聞いてくれてありがとう。それじゃ」
そう告げると、私に背中を向けて歩み去ろうとする。
「あっ、待って!」
思わず、麗華の腕を掴んでいた。
「花音?」
振り向く彼女に向かって、言葉を絞り出す。
「迷惑なんかじゃない。びっくりしたけど、私のことを好きになってくれて、嬉しかったから……。付き合うとかは、まだ考えられない。でも、これからも麗華と一緒にいたいよ」
一気に言い切って、恐る恐る麗華を見ると、彼女は目に涙を浮かべていた。
「ありがとう、花音。返事が貰えるまで、私、ずっと待つから。これからも友達でいてくれる?」
「もちろん!」
私も泣きそうだった。俯いて、手にしていた紙袋の存在に気付く。
「あ、チョコ、どんなの作ってくれたの?」
紙袋を開くと、淡いピンクのオーガンジーに包まれた小さな白い箱が入っていた。
箱の中には、ピンクのハート型チョコ。ルビーチョコレートだ。
「花音の誕生日って七月でしょう。七月の誕生石は、ルビーなんだよ」
私は顔を上げた。微笑む麗華は、やっぱり綺麗だ。
「そしてね、ルビーの宝石言葉は『純愛』。私の想いを表すのに、ぴったりだって思ったの」
頬を赤らめて告げる麗華。私の胸がきゅうっと、音を立てた。
私はどこかうっとりとした気持ちで、彼女の潤んだ瞳を見つめた。