係屋へ

文字数 3,014文字

 翌日。
 今日は会社が休みである。
 休みなら時間を気にせずいつでも出かけられるため、だからこそ店に向かう時間を今日の昼頃にしたのだ。
 昨夜聞き取った道順のメモを片手に、教えてもらった地名や目印を確認しながら進んで行くことにする。
 まずアパートから電車で駅をいくつか通り過ぎる必要があった。
 乗車した直後は、電車内は身動きができないほどの人で少々息苦しかったように思う。
 電車なんて滅多に乗らないから、余計にそう感じた。
 乗車したばかりの窓の外には、店も人家も豊富で、それが何駅も通り過ぎるうちに段々と緑が増えていくのを電車の窓からぼんやりと眺める。
 電話で最初に聞いていた地名の駅の周りには、完全に人工物は何もない山と田畑ばかりが一面に望める、田舎の風景があった。
 まだこんな緑ばかりの光景が残っていたなんて信じられない。一瞬、自分の故郷に見えてしまった。
 降りたあとは点在する目印を探しながら、道を右へ左へ曲がりつつ、ひたすら歩くだけ。
 田んぼ道を進むものの、次の目的地である商店街がいっこうに視界に入って来ない。
 もしかして……降りる駅を間違えてしまったか?
 諦めつつも足が棒になるまで進んだ辺りで、やっと商店街が現れた。
 店はあるものの、全てシャッターが閉まっていて開いている店は一件もない。やはり、この辺り一帯はかなり寂れた地域のようだ。
 しかし、今度はどれだけ歩いてもこの商店街が続いていて、本当にこの道で合っているのだろうか。

 いよいよ最後の目印になる、朽ちかけた道路標識の看板の先に、目的地があった。
 一件だけ店が開いていたことと、手作り感満載な小さい看板に、『係屋』と行書体ででかでかと書かれているから確かだろう。
 その看板の隣に、小さな信楽焼のたぬきの置物がある。
 確かに聞いていた通り、個人経営をしているであろう小さな建物だ。
 外観は小さい古民家のような見た目。全体的に茶系統の落ち着いた色合いで統一されつつも、昔ながらの渋い雰囲気が漂っている。
 しかも意識しなければ通り過ぎてしまうくらいにひっそりと目立たないから、ふらっとやってきた人でも、気づかない人の方が多いのでなかろうか。
 どうやらここに何十年も建っているらしく、ところどころが錆びて禿げかけているのを修繕したあとが垣間見えた。
 店が実在したことで、深夜のことは嘘ではなかったと改めて実感する。

 すみません、と誰もいない店内に、おずおずと声をかけた。
「深夜に連絡を入れた岡崎です。誰かいませんか……?」
 奥からバタバタと誰かの足音が聞こえ、元気はつらつとした若い女性が出迎えてくれた。
「はーい! あ、もしかして深夜に連絡のあった岡崎様ですか? 話は聞いています。私は粟瀬(あわせ)と申します。こんなところにわざわざ足を運んでくださってありがとうございます。すごく辺鄙(へんぴ)な場所で驚いたでしょう?」
「ええまあ。どこもかしこも店が閉まっていましたし、さっきまで本当にあるのかちょっと疑ってました」
「そうですよねえ。私も働き口を探してた最中に、たまたまここが求人募集してて、もうどこでもいいしちょうどいいやって結構投げやりな気持ちで面接受けに来たんですけど、初めて来た時は驚いちゃいました。ここの仕事は楽しいので就職できてラッキーでしたよ。私も元は別の所に居たんですけど、就職ついでにこっちに引っ越してきたんです。家は職場に近いところの方が便利ですから。ど田舎ですけど慣れると楽しいですよ。店内は自由に見てください。古いものばっかりですから、興味がないとつまらないかもしれませんけど」
 粟瀬さんは同じ社会人だが、こんなに楽しそうにしているのがうらやましい。こんなふうに働けたら、どんなに楽しいだろう。
 彼女の話に夢中で、店内を見回す余裕がなかった私は、彼女に言われて改めて店内を見回してみた。
 奥の棚には骨董品やら、よく分からない不思議な物が陳列され、手前には、駄菓子やちょっとした手作りの日用雑貨が並んでいる。
 何もかもがごちゃまぜの空間なのに、それが違和感を感じることもなく同居しているとはおかしなものだ。
 初めて来たのにどこか懐かしさすら覚えるのは、骨董品の力なのか、はたまたこの空間の独特な空気だからだろうか。
 ゆっくりと時間をかけて店内を見て回る。
 骨董品などに興味がないまま生きてきたので、置いてあるものがどんな来歴なのか、誰が作った作品なのかなどはよく分からないが、見ていて楽しい。
 ──おや、こんなところにまた信楽焼のたぬきの置物が置いてある。
 見かける普通のサイズよりも、もう一回りは大きいだろうか。
 誰もが一度は目にすることがあるであろう、編笠を被り、片手に酒瓶を、もう片手には昔は使われていた帳面を持ち、真っ白でぷっくりとしたお腹が自慢のあのたぬきの置物。
 なぜか祖父の家に行くと、このたぬきの置物がたくさん置いてあったのを思い出した。多分祖父はこのたぬきの置物コレクターだったのかもしれない。

 また後日、時間を作ってゆっくりと過ごそうかな……なんて考えるくらいには、この空間を気に入ってしまっていた。 
「この店は棚ごとに違うものが色々置いてありますけど、とても面白いですね。それに、不思議とここは落ち着きます。なんででしょうか?」
「それ、ほかのお客さんにもよく言われてますよ。なんででしょうね?」
 粟瀬さんも首を傾げながら困った様子。

 そうだ、早く本題に入らねば。
「私のところに届いたチラシには、なんでも探すとも記載されていましたが……」
「ええ、昔からなんでも探す探し屋もしてるんです、この店は。私は店番の店員としてここにいますけど、探し屋の方を主として働いてる人もいるんですよ。まあ、今日はみーんな出払っていて誰もいませんけどね。詳細は言えませんが、なんでも探すってことで依頼する者も、依頼内容もちょーっとアレなものもありますよ」
 アレなもの?
 いきなり不穏な展開になり始めたぞ。
「ちょっと驚かせちゃいましたね。えーとですね、例えば、例えばの話ですよ? 身内で亡くなった人に生前の感謝の気持ちを伝えたいから会いたいとか、誰それの心や想いを探してほしいとか、形があるもの以外の依頼も請け負ってます……とか言ったら、あなたは信じますか? 信じなくてもそれはそれで構わないです。考え方は千差万別ですし」
「……は?」
「私たちは、普通の探し屋も兼ねつつ、物以外の何かを見つけたい、見つけてほしいと願う者の願いを叶える手伝いをしている探し屋でもあるってことです。稀にここに来る方って、どなたも無意識になにかを見つけたい、見つけてほしいと思って来る方が多いんですよ。──あなたのようにね」
 まるで見透かされたような気がした。
「──あなたは、何を、探していますか?」
 彼女の問いかけに、私は弾かれたようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 都会に出たら、自分が本当にやりたいことを見つけて、それを仕事にして、お金もたくさんもらえて、最新の流行に乗って、きっとキラキラとした毎日が過ごせると思っていた学生時代のあの頃。
 働く中でいつの間にか、自分の中から純粋な心がなくなっていたことにも気づけないまま疲弊している現実が待っていた。
 体も心もきっとボロボロで、仕事を辞めるべきなのか、でも辞めたあとどうしたらいいのか、悩んでいることをみっともないが洗いざらいぶちまける。
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