第1話

文字数 1,994文字

 僕は、女子高生が大好きだ。正確に言えば、好みのデザインの制服を着た、好みのタイプの女子高生を、好みのシチュエーションで撮影するのが趣味だ。危ない奴だと思われるかも知れないが、あくまでも写真を撮るだけで、断じて何もしはしない。勿論、盗撮なんて如何わしいものでもない。美しい女子高生と共に、美しい風景を一枚の芸術品として、写真に収めるのが生き甲斐なのだ。

 三ヶ月程前、僕は大学に向かう駅のホームで、理想の女子高生に出会った。僕の大好きなA高校の制服を身に着け、腰まで伸びたストレートの黒髪が、何とも儚げに靡いて僕の視線を独占した。僕は思わずスマートフォンを取り出して、彼女をこっそりと写真に収めた。
 それからは、毎日の様に駅のホームで彼女の写真を撮った。彼女の姿が見当たらない時は、何本も電車を遣り過ごして彼女を待ち、駅に居る口実を作る為だけに、講義の無い日にも大学に通った。だが僕は、次第に写真を撮るだけでは物足りなくなって行った。もっと彼女を身近に感じていたいと……。
 翌日、撮り溜めていた写真を片っ端から大きく引き伸ばしてプリントし、マンションの部屋の壁一面に貼って行った。部屋中が彼女で満たされ、僕は彼女を四六時中感じる事が出来た。
「あぁ、素晴らしい……。これが、これこそが……僕の望んだユートピアだ!」
僕は大きく息を吸い込んで、部屋中に満たされた彼女を堪能した。そして、その幸福な気分のまま寝台に潜り込み、微睡みの中で彼女との逢瀬を果たした。

 そうした充実した日々の中、僕は彼女の髪型が変わった事に気付く。以前はワンレングスだったのが、厚めのバングスを拵えたツーレングスになっていたのだ。最近読んだ雑誌で密かに可愛いと思っていたので、とても嬉しくなっていつも以上にシャッターを切った。何だか、彼女と心の中で繋がっている様な、不思議な感覚を覚えた。
 それから数日後には、彼女の制服のスカート丈が短くなっていた。元々は膝丈派の僕だったが、最近はミニ丈も良いと思っていた所だった。やはり、彼女と僕は心の中で通じ合っているのだ。その時の僕は、そう信じて疑わなかった。
 それから更に数日後、彼女の靴下が白色から紺色に変わっていた。先日、コンビニエンスストアで擦れ違った女子高生を見て、紺色の靴下も上品で良いと思っていた所だ。だが、流石に此処まで続くと、不思議を通り越して些か奇妙に感じる。自分自身でも少し変わった奴だとは思うが、超能力を信じる程、未だ僕は世間から乖離していないと思う。腑に落ちない気持ちのまま、僕は彼女の姿を満足するだけ写真に収めると、一路、自宅マンションへと向かった。
 程無くして雨が降り出したので、僕は小走りになって家路を急いだ。

 『ピンポーン』
自宅マンションで寛いでいると、唐突にマンションの呼び鈴が鳴った。タオルで髪を拭く手を止め、モニターを見るが誰の姿も映っていない。部屋番号を間違えたのかと思ったが、再び呼び鈴が鳴る。だが、モニターには相変わらず何も映ってはいない。
『ピンポンピンポンピンポンピンポーン』
けたたましく鳴り響く呼び鈴に、僕は思わず身を縮こまらせた。若しかして……と思い、僕はそっと玄関扉の覗き穴から外を覗いた。
「ひぃっ……!」
その瞬間、僕は悲鳴にもならぬ叫び声を上げ、思わず後ろに倒れ込んでしまった。
 玄関扉の外には、あの女子高生が立っていたのだ。

 僕の頭は混乱していた。突然の出来事で取り乱したが、彼女が訪ねて来てくれた事は、本来ならば純粋に喜ぶべき事実だ。だが、彼女は何故僕の自宅を知っているのか。そもそも、彼女は僕の存在を知らない筈だから、訪ねて来る事なんて絶対に有り得ない。ならば、偶然に訪ねて来たと言うのか。こんな雨足の激しい、日も暮れ掛かった時間帯に。
 『ピンポーン』
またしても呼び鈴が鳴り、僕は恐る恐る玄関扉を少しだけ開けた。
「ねぇ、この靴下、可愛いでしょう?」
そう言って微笑む彼女は、全身ずぶ濡れだった。
「このスカートも、この前髪も、全部可愛いでしょう?」
ドアチェーンを掛けたままの扉の隙間から、彼女は右手をするりと差し入れて来る。僕は心底恐ろしくなって、無意識に扉を閉めようとした。彼女の手は挟まれたままで、次第に鬱血して紫色に変色し始めたが、彼女は更に手を捻じ込もうとして来た。
「私……ね、いつも君のSNSを見ていたの。君の理想通りになって、君に見詰められたかった。……だから、いつも君の視線を捜していたの。」
その時になって、僕は初めて気付いた。部屋中に飾られた彼女の写真、そのどれもがカメラ目線だったのだ。略々隠し撮りに近い形での撮影で、絶対に有り得ない事だった。何故、僕は今まで気付かなかったのか。
 『バチン』
金属を切り裂く音に、僕は慌てて玄関の方を振り返った。
「気付かなかった?……でも、そんな鈍感な君も……死ぬ程好き。」
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