第1話

文字数 1,496文字

 はじまりは ある天才学者の遺言状だった。それから牢屋にも投獄されたこともあったし、銀行強盗としてマグノリア銀行に機密文書を盗みに入ったこともあるし、勇者のパーティとして魔王城にも行ったことがある。つい最近では農園と呼ばれている孤児院からの脱出も試みたことがあった。急に何を言い出すのかと訝しんだ人もいるかもしれないがこれは夢の中の話ではなく、僕が実際に体験した話である。ただ お気づきの人も中にはおられるかもしれないけれど 全部、リアル脱出ゲームの中での話だ。吉良吉影よりも平穏に暮らすことを夢見ている僕が実際にそんな大胆なことは出来るはずもない。

 リアル脱出ゲームをご存知だろうか? ざっくりと説明するとある物語の主人公の一員となり、室内、ホール内、場合によっては遊園地や街の至る所に散りばめられた謎を解き、密室からの脱出やトラブルを解決する体験型エンターテイメントである。謎は高度な知識や学力など必要とせず 閃きでほとんどが解けるようになっていて それはもう実に楽しいのだ。ちなみにリアル脱出ゲームというのは株式会社SCRAPの商標登録であって 競合店などは別の名称で呼ばれていたりする。各公演によって参加人数が制限されているので人気公演ともなると連日満席、チケットがなかなか取れなかったりするのでその辺は注意が必要。

 お金を払って参加しているのだし、どうせ最後には参加者全員脱出出来るのでしょう、なんて甘くみていたら公演開始一時間後には胃を握りつぶされたのではないか、と思うくらい悔しい思いをするのであしからず。人は簡単に乗り越えられる壁を昇っても達成感を得られないことをおそらく製作スタッフは知っている。公演ごとに用意されている謎は一瞬で解けるものもあれば 泥沼にはまったように解けなくなるものなど様々だ。とんとん拍子で立ちはだかる謎の壁を越えていっても 最後の最後でスタッフはウォールマリア級の壁を用意している。そこで僕は何度も挫けた。立体機動のガス切れが原因ではなく、脳の回転不足が原因であることは明白。リアル脱出ゲームはその性質上、同公演のリピート参加は基本的にNGとなっているし、当然、SNS等でのネタバレも厳禁である。もちろん謎解き愛好家たちは純粋に謎と向き合うことを悦びとしているため 前もって情報を仕入れようともしないし、同じ公演に参加して次こそ脱出成功してやれ、とは考えていないと思う、少なくとも僕はそうだ。リアル脱出ゲームは製作陣と参加者のいわば決闘なのだ。決闘に姑息な手段を使って勝利しても嬉しくはないでしょう?

 でもここ最近の情勢もあってリアル脱出ゲームにも参加できていない。ルーム型は密室で行われるから密だし、ホール型も大人数が一度に参加するので密となるのだ。SCRAPだけではなく他の謎解き施設もきっと苦労していると思う。ここ最近ではリモートで行う公演も幾つか打ち出してきているけれど やっぱりリアル脱出ゲームってあの場所にわざわざ行って参加するから面白いと僕は思ってしまうのだ。だからコロナが収束して 非常事態宣言が解除され 誰もが誰かの目など気にせず大手を振って歩けるようになったら僕は真っ先にリアル脱出ゲームの会場にたくさん足を運びたい。それが謎解き業界を応援することに繋がると思うから。そしてまだ一度も参加したことないよ、って人にも是非、一度、脱出ゲームに参加してもらいたい。そこには日常を忘れられる非日常の世界が待っているから。謎が解けた時の爽快感は 東方仗助の言葉を借りるのなら 正月元旦の朝に 新しいパンツを履いた時と同じだぜ、って感じです。
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