第3問 流行りに疎いのになぜでしょう?

文字数 784文字

 風邪ならすぐに治してくれそうな君の名前が好きだ。


「次に流行るスイーツ食べに行かない?」流行に疎いルルが言った。
 彼女が流行りを追いかけてるのを見たことがない。彼女はいつも自分が好きなものが「好き」で、それがいちばん。流行りは二の次三の次にしてる印象がある。なのになぜだろう? もしや、これもクイズみたいなもんなのか?

「ここよ。ここ、ここ」彼女がお店のまえで言った。
「え?」〝ルル〟という名の喫茶店だった。
「私のおばあちゃんのお店なの。今日はお休みだけどね」彼女が貼り紙を指さした。
「店主、風邪につき臨時休業します」僕はその貼り紙を声にして読んだ。
「内緒よ。じつは仮病なの」
 そうだよな。彼女がいるのにまさか風邪で休むってないよなあ、なんて思いながら。僕は彼女と一緒に喫茶『ルル』の扉を開けた。少し重たい扉だった。なぜだかその重みが、謎の迷宮に足を踏み入れた気分にさせた。


 誰もいない。誰もいるはずもない臨時休業の店内で、僕は彼女が作ったというケーキに一口かぶりついた。触れただけでぼろぼろと崩れてしまいそうなパン生地に、明らかに分量をまちがえたようにたっぷりと生クリームがサンドされている不恰好なケーキだった。かぶりつくとはみ出す生クリームに、心の中で「うぇ」っとなりながらも我慢した。やっぱり僕は甘いものが、とくに生クリームが苦手だった。

「絵に描いたように生クリームつけないでよ」
 僕の顔を覗きこみながら彼女が言った。
「え?」
 誰もいない店内。二人の席にだけ照明が落ちていた。僕は口の端に生クリームをつけていた。…らしかった。それを指摘した彼女が言う。
「こういうのってお約束でしょ」
「ダチョウ倶楽部のギャグみたいな?」
「それとはちょっとちがうけど…」

 彼女はふふっと笑った。二人の席にだけあたるスポットライトを浴びて。
 僕には、彼女の笑顔がいつもとちがって見えた。
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