本編

文字数 1,016文字

近所を散歩していた時のことだ。
10年前の君がいた。
僕と交際を始めた頃の、君だ。

夫の僕が思わずそう見間違えるほど、少女は高校生の頃の君に似ていた。
世の中にはそっくりさんが3人はいる、と言うけれど本当だ。
少女と目があった。
私の視線に気づいて、目を丸くする。
妻に似ているから……
なんて、言えるわけがない。
妻帯者のくせに女子高生をナンパしている、としか思えないだろう。
神のはからいか、悪魔のいたずらか、少女が僕に話しかけてきた。
「あの、この近所の方ですよね?」
はい、そうですが……
初対面のはずだが、少女は僕の名前を知っていた。
「ご結婚されていますよね」
ええ、まあ。高校の同級生となんですけどね……
少女は妻のことも知っていた。
「実は、いとこなんです」
え? そうなんだ……
よかった。
赤の他人ではなかった。
妻は家にいるけど、遊びに来る? ……
これもまた、誤解されやすい発言だ。
少女は目を細めて首を横にふった。
「それよりもお願いがあって」
散歩中だから、お財布は持ってないよ……
僕は手ぶらだった。
スマホがあるから、コンビニくらいなら大丈夫だけど。
「隣町の植物園って行ったことありますか」
君のいとこと何回か行ったな……
妻との思い出の場所のひとつだ。
「実は明日、友達と行くんですけど。私、初めてなので」
なるほど。友達って、男の子? ……
色白の頬が、うっすら色づいた。

僕と少女はバスに乗って、3つ目の停留所へ。
妻へはSNSを送っておいたから、帰っていきなり修羅場にはならないだろう。
植物園に来たのは、何年ぶりだろうか。
結婚して以来だから、5年は経っているはずだ。
「アジサイがいっぱいですね」
6月だからね。ナデシコとかも咲いてるよ……
これは妻に教えてもらったことだっけ。
懐かしさを味わいながら、園内をひととおり見て回った。
最後に甘味茶屋でひと休みして帰ることになった。
「おすすめってありますか」
僕はくずもちが好きだけど、女の子はあんみつかな……

お会計のときに、とんだ恥をかいた。
甘味茶屋は今どき、キャッシュレス対応ではなかった。
「私が払います。いろいろ教えてもらったので」
今度、うちに遊びに来て。そのとき返すから……
「その分は、奥様にどうぞ」
言うなり、少女は夕闇に消えてしまった。

深夜零時50分。
寝る前に出社の準備をしていると、隣室の妻からSNSが届いた。
「昨日はありがとう」のメッセージ。
今度、10年後の君と行くことにするよ……
僕は少女に向けて、返信した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み