第1話
文字数 1,461文字
「この村ではね、16歳になったら…」
僕は小さな集落に住んでいた、とある家の長男です。
この村では四年に一度、満月の日に儀式があります。
本当にあった伝承のようなお話。
まず、僕はまだ生きています。
あの日、満月の儀式。僕はただ怯えて、緊張していました。
龍神様を祀る僕の村では、村の繁栄を願う儀式があります。
そこでその年に16歳になる子を男女一名ずつ、龍神様に捧げると云う、今では考えられないような生贄の儀式がありました。
選ばれたのは親友のマコトと、隣の家のスエ。
どちらも次男坊と末っ子でした。
僕は長男だからと、生贄には選ばれなかったのです。
マコトは男なのに髪が長くて、隣に並んだ女のスエよりも色気があり、これなら龍神様もお喜びになると、村人の殆どがそう話していたのを覚えています。
ただ結論から話すと、あの儀式以来、僕の村は消滅しました。
あの幻想的かつ、マコトが死んだ満月の夜から。
マコトは病弱でしたが、空を見上げたり、風を纏ったり、天気を当てる事が出来る不思議な男の子でした。
僕はマコトが話す不思議な話を聞いたり見たりするのが大好きで、幼少期の殆どを共に過ごしました。
そんなマコトが龍神様に選ばれた日も、僕たちは一緒に過ごしました。
「生贄に選ばれるのはわかっていたよ」
マコトは選ばれる前にも、どこか遠くを見つめていました。
そして傍にいた僕も、マコトはどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、漠然とした不安を抱いたのを覚えています。
生贄の儀式の日、最後に交わした会話。
「この村ではね、16歳になったら死を一度、飛び越えなきゃいけないんだよ」
死を飛び越える。
死んで、生き返る。そうしてそこから寿命までを生きる。
村の生きている大人は、みんなそれを乗り越えたのだと。
16歳の一瞬の死と、これからの再生の願いを込めて、龍神様に生贄を差し出す。
「そのために僕が選ばれたけど、必ず今夜のうちに村を出てね」
それが、マコトから最後に言われた一言でした。
満月に照らされたマコトの横顔が見たことのない美しさで、僕は何かに突き動かされるように、
月明り照らす森の中を走って、走って、出来るだけ遠くへと。
開けた見知らぬ村から見た満月の夜空には、細い糸のようなものが浮いていて
月の色が赤く変わり、誰かの怒りの感情のようなものを強く感じました。
あの細い糸は、今思えば天に昇る人々の魂だったのかも知れません。
現在の僕はフリーのライター業をしていて、あの日、一度壊滅した故郷へ取材に来たのです。
廃墟が立ち並ぶ限界集落と化していました。
龍神伝説も、マコトも、実家も、もうどこにもありません。
あのあと村がどうなったのか、役所の記録にも残されていませんでした。
ただここへ来ると、墓もない、埋葬もされていない16歳の死を乗り越えられなかったマコトのこと、いま僕が不思議と生かされているような感覚だと云う事。
そう、一度迎える死を乗り越えて、今僕は生きている。
形はないけれど、マコトは傍にいる。ここへ来るとその感覚が強くなります。
「16歳の死」を乗り越えた僕は、かつてのマコトのように天気も読めるようになったし、きっと何かに強く守られているのだと思います。
あの日溶けるように消えた村や、人々の想い全てがまだ、僕の中で息をしている。
この村を再び立て直して、あの儀式がしたい。
そうしたら、全てが元に戻る気がする。
あの日、再生した僕なら…きっと。
僕には確固たる自信がある。
ほら、今そう思ったら、こうして風が返事をするのです。
ここへおいで
ここを再生しろと
寂し気な龍神の声が聞こえる
(完)
僕は小さな集落に住んでいた、とある家の長男です。
この村では四年に一度、満月の日に儀式があります。
本当にあった伝承のようなお話。
まず、僕はまだ生きています。
あの日、満月の儀式。僕はただ怯えて、緊張していました。
龍神様を祀る僕の村では、村の繁栄を願う儀式があります。
そこでその年に16歳になる子を男女一名ずつ、龍神様に捧げると云う、今では考えられないような生贄の儀式がありました。
選ばれたのは親友のマコトと、隣の家のスエ。
どちらも次男坊と末っ子でした。
僕は長男だからと、生贄には選ばれなかったのです。
マコトは男なのに髪が長くて、隣に並んだ女のスエよりも色気があり、これなら龍神様もお喜びになると、村人の殆どがそう話していたのを覚えています。
ただ結論から話すと、あの儀式以来、僕の村は消滅しました。
あの幻想的かつ、マコトが死んだ満月の夜から。
マコトは病弱でしたが、空を見上げたり、風を纏ったり、天気を当てる事が出来る不思議な男の子でした。
僕はマコトが話す不思議な話を聞いたり見たりするのが大好きで、幼少期の殆どを共に過ごしました。
そんなマコトが龍神様に選ばれた日も、僕たちは一緒に過ごしました。
「生贄に選ばれるのはわかっていたよ」
マコトは選ばれる前にも、どこか遠くを見つめていました。
そして傍にいた僕も、マコトはどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、漠然とした不安を抱いたのを覚えています。
生贄の儀式の日、最後に交わした会話。
「この村ではね、16歳になったら死を一度、飛び越えなきゃいけないんだよ」
死を飛び越える。
死んで、生き返る。そうしてそこから寿命までを生きる。
村の生きている大人は、みんなそれを乗り越えたのだと。
16歳の一瞬の死と、これからの再生の願いを込めて、龍神様に生贄を差し出す。
「そのために僕が選ばれたけど、必ず今夜のうちに村を出てね」
それが、マコトから最後に言われた一言でした。
満月に照らされたマコトの横顔が見たことのない美しさで、僕は何かに突き動かされるように、
月明り照らす森の中を走って、走って、出来るだけ遠くへと。
開けた見知らぬ村から見た満月の夜空には、細い糸のようなものが浮いていて
月の色が赤く変わり、誰かの怒りの感情のようなものを強く感じました。
あの細い糸は、今思えば天に昇る人々の魂だったのかも知れません。
現在の僕はフリーのライター業をしていて、あの日、一度壊滅した故郷へ取材に来たのです。
廃墟が立ち並ぶ限界集落と化していました。
龍神伝説も、マコトも、実家も、もうどこにもありません。
あのあと村がどうなったのか、役所の記録にも残されていませんでした。
ただここへ来ると、墓もない、埋葬もされていない16歳の死を乗り越えられなかったマコトのこと、いま僕が不思議と生かされているような感覚だと云う事。
そう、一度迎える死を乗り越えて、今僕は生きている。
形はないけれど、マコトは傍にいる。ここへ来るとその感覚が強くなります。
「16歳の死」を乗り越えた僕は、かつてのマコトのように天気も読めるようになったし、きっと何かに強く守られているのだと思います。
あの日溶けるように消えた村や、人々の想い全てがまだ、僕の中で息をしている。
この村を再び立て直して、あの儀式がしたい。
そうしたら、全てが元に戻る気がする。
あの日、再生した僕なら…きっと。
僕には確固たる自信がある。
ほら、今そう思ったら、こうして風が返事をするのです。
ここへおいで
ここを再生しろと
寂し気な龍神の声が聞こえる
(完)