百貨店殺人事件

文字数 4,924文字

美形は得だ。
俺は無残にも血を流して転がっている死体を眺めながらそう思った。

俺の名前は星空輝夫(ほしぞら てるお)。
生まれたての小鹿も裸足で逃げ出すほどの超ド級の美青年だ。
今からどれだけ俺が美しく光り輝いているかを描写しようと思う。

――肩につくかつかないかで切りそろえられた髪は、最高級の丹波栗を職人が練り込んだかのような艶やかな茶色。瞳は角度によって微妙に色を変える宝石のように光り輝いており、端正な顔立ちは芸術家が創り上げたかのように美しかった。

さて。
冒頭でも書いたように、美しさが飽和しまくっている俺は只今死体を見つめている。
どうしてこんなことになったのか、俺は懐から熱々の紅茶が入ったティーカップを取り出し説明する。

俺は今日、この「スコブル百貨店」で行われる「サメの一本釣り大会 地区予選」に参加すべく、
優雅に一輪車に乗りながらここまでやってきた。

なぜこの大会に出場することになったかというと、大会の主催者であり前年度チャンピオンでもある、顎之彼方(あごのかなた)氏に誘われたからである。

本当ならば今日、クラック・デ・シュヴァリエ城の会食パーティーで徳川家康のものまねを披露する予定だったのだが、頼まれたからには仕方がない。
聖母マリア様が憑依したかのような慈愛の精神を持ち合わせている俺は、パーティーを断りこの大会にやってきたのだ。顔も良くて優しいなんて、俺は罪な奴である。

だが、素晴らしく一輪車をこいで会場入りすると、そこには人だかりができており、見ると一人のオヤジが死んでいたというわけだ。

「落ち着いて下さい、皆さん」

半パニックになっている現場に、俺の玲瓏な声が響く。


「私は名探偵です。この事件、たちどころに解決してご覧に入れましょう」

なんという冷静さ。自分に自分で感服する。
ちなみに、俺が名探偵だということは今決めた。
実績などなくとも、とりあえず美貌を振り撒いてそれっぽいことを言えばどうにでもなるのだ。

俺は辺りを見渡した。
今この場にいるのは、大会の運営者と百貨店の従業員が数人。それに顎之彼方氏のみだった。
皆突然の出来事に困惑しているようで、何か言いたげにそわそわしている。
その中の一人の女性が控えめに声を上げた。

「あ、あの…これは事故なんですか?それとも事件なんですか…?」

実に初歩的な質問だと思った。
普段なら華麗にスルーを決めているところだが、優しさのヴェールを全身に纏った俺は丁寧に説明する。

「よく見て下さい。被害者はエントランスホールの真ん中で息絶えています。この状況からすると、二階に上がる階段から滑り落ちて頭を強打した…と見るのが自然ですが、これはまぎれもなく『事件』です」

明らかに数人がざわついた。
「事件」という物騒な単語に、皆怪訝な表情をして何かを話し合っている。
が、俺が優雅に前髪をかき上げると、皆その美しさに言葉を発するのも忘れて黙った。
俺はあらかじめセットしておいた自作のキラキラ音SEをスマホから流す。

「皆さんはこの死体を見て、何かに気付きませんか?」

俺の白くて長い指が死体を指す。すかさず顎之彼方氏があっと叫んだ。

「なんてことだ!この死体、服を着ていないではないか!全裸だ!!うっひょおおおおおおお」

俺はすかさず顎之彼方氏から距離をとった。
彼は全裸フェチなのだ。

しかし、死体のオヤジは事実何も身に着けていなかった。誰も指摘しなかったのが不思議なくらいのネイキッドぶりである。
さすがに気の毒になってきたので、即席でモザイクを作ると死体の股間にそっと乗せた。
俺は配慮ができる男なのだ。

「百貨店に来るならまず服を着るはずです。でないと猥褻なんたら罪で逮捕されてしまうからです」

俺のなめらかな声が響く。皆の視線はこの星空輝夫にKUGIZUKEだった。

「そしておかしい点はもう一つ、この死体の手足の爪を見て下さい」

皆が恐る恐る死体をのぞき込む。またしても顎之彼方氏が叫んだ。

「この死体、爪が赤い!マニキュアをつけてるぞぉおおおおおおお」

俺は生ゴミを見るかのような目で彼を睨んだ。

「そうです。このオヤジはなぜか爪にマニキュアを塗っている。そして全裸。これが大きなポイントです」

全裸ぁあああああああ、と絶叫しながら飛び跳ねる顎之彼方氏を無視し、俺は流し目をまき散らした。

「これは誰かが死体から服をはぎとったからに他なりません。つまり、犯人がいるのです。よってこれは事件です」

考えれば二秒で分かりそうなことだが、俺は気にしない。
すかさず「おお~」という感嘆のSE(自作)を流した。皆俺の素晴らしさにぽかんとしている。

「そして!」

俺はどこからか現れた一輪車にまたがると、空中で三回転をキメた。まばらな拍手が起こる。

「私は犯人が誰か、どうやって殺したのかが既に分かっています」

皆が驚愕の表情を浮かべる。ざわつく空間に俺は片手を上げて制した。
ここからが本番である。深呼吸をすると、目を閉じた。
誰かがゴクリと唾を飲んだ。


「犯人は――」

俺は自作の紙吹雪を降らせると、ある人物に向かって指を指した。

「あなたです」

そこにはまだ全裸に興奮している顎之彼方氏の姿があった。
犯人扱いされた彼は、すかさずぽっちゃり気味の体を揺らして反論する。

「な、なんてことを言うんだ星空クン!!よもや何かの冗談ではあるまいな!?」
「冗談ではありません、本気と書いてマジと読みます」

俺は涼しい顔で言った。対照的に顎之彼方氏は闘牛の暴れ牛のようにランニングアラウンドしている。

「き…君はまさか私がこの男を階段から突き落としたとでも言いたいのか!?」
「いいえ。あなたは突き落としていません。もっと別の方法で殺害したのです」
「べ、別の方法だと!?」

ざわめく人々に向かって俺は「はい」と言う。靴を鳴らしてわざとゆっくり歩くと、階段の一段目を指さした。

「これを見て下さい。分かりづらくなっていますが、ここに小さな監視カメラがあります」
「監視カメラ!? なぜそんなところに!?」

皆が驚くのも無理はない。
なぜなら周囲の色に溶け込むように、監視カメラが階段を見上げるような角度でセットされていたからだ。
途端に顎之彼方氏の顔から血の気が引いた。
「やめろぉおおおおおお」
と叫ぶ彼を小指で殴り飛ばし、俺はカメラのスイッチを押す。
小さな画面には予想外の光景が映っていた。

「ミ、ミニスカートの女性が階段を上っている…!しかももう少しで見えそうだ!!」

その映像を見た誰もが、生ゴミと粗大ゴミをいっぺんに見るかのような視線を顎之彼方氏に向けた。

「まさかあなた…女性を盗撮するためにこれを…?」
「違う、断じてピンク色のパンティーが見たくてカメラを徹夜して作ったわけじゃないんだぁああああ」

周囲の視線の冷たさが氷点下まで下がる。

「でも…この盗撮カメラと殺された被害者のオヤジにどんな関係が…?」

ある女性の素朴な疑問に、俺はあっけらかんと答えた。

「簡単ですよ。殺された被害者は、女装をしていたのです」
「「「女装!?」」」

その場にいた人々の声が一つに重なった。俺は鷹揚に頷く。

「そうです。彼は女装したまま階段を上がっていた。それを見た顎之彼方氏は、本物の女性だと思ってさぞかしランニングアラウンドしたことでしょう」

顎之彼方氏の顔色は紙のように蒼白だった。
もはや弁解する気もないのか、呆然と立ちすくんでいる。

「ところで皆さんは、あの映像をご覧になって何かに気付きませんでしたか?」

人々は先ほどの映像をもう一度再生する。
短いスカートの女性がただ階段を上がっていくだけの映像だが、そこで一人の男性があっと声を上げた。

「この映像…肝心のスカートの中が映っていないぞ!パンティーのパの字もない!!」
「いい所に目を付けましたね」

俺はにやりと笑った。
もはやこの事件の真相は、フロントガラスに落ちた鳥のフンのようにはっきりしていた。

「そう、カメラをセットしたものの、この百貨店の階段の角度では、ミニスカートをはいて一番上まで上がっても、スカートの中は見えないのです!」
「「「な、なんということだ…!」」」
「当然、顎之彼方氏はがっかりしたでしょう。これではせっかく徹夜して作ったカメラも無駄になってしまう」

俺は澄んだ足音を響かせながら歩く。エントランスホールを一周した所で、ぴたりと足を止めた。

「そこで、彼は考えた。角度が足りないのなら、角度を作ってしまえばいい。――顎之彼方氏」

不意に名前を呼ばれ、ビクンと痙攣する。

「サメの一本釣り大会で優勝経験があるあなたなら、腕力はかなりのものでしょう。なんせあの大会で使われるサメの重さは約200キロです」

どんな大会だよ、と誰かが呟いた。
俺は気にせずに推理のフィニッシュを披露する。

「そう、彼はその馬鹿力で、階段を持ち上げて角度を急にしたのです!」
「「「な、なんだってぇえええええええええ」」」

全員大合唱。フッ、きまったな。

え?階段の角度を無理やり変えたのがどうして分かったかって?
簡単なことだ。なぜなら階段と床のつなぎ目に大きな亀裂が入ってたからだ。これは持ち上げて戻した時の跡と相場は決まっているのである。


「しかし、彼は角度を急にしすぎたようです。予想ではほとんど絶壁に近くなってしまったのでしょう。その時運悪く階段を上がっていたのが…」
「被害者のオヤジだったというわけか!!」

セリフをとられて少しムッとしたが、俺は心が広いので気にせず「そうです」と返す。

「上っている階段が、急に絶壁になったらどうなるか、ゾウムシにもわかることです」

当然、被害者は階段から転げ落ち、頭を強く打って死亡…

「で、でも、そもそも被害者はなぜ女装をしていたのでしょう」
「趣味です」

俺はとろけるような笑顔で言い切った。内心テキトーな推測である。
と、そこで俺は脳内に信号が走るのを感じた。これは魔術による通信だ。

「セバス!」

ぱちん、と高らかに指を鳴らすと、天井から三輪車と共に初老の男性が降ってきた。
こいつは俺の執事兼魔術師を務めているセバスである。

「セバスが魔術によって証拠品のありかを突き止めた」
「「「セバスさん何者!?」」」

俺は華麗にスルーすると、片手を高らかに上げた。手の中には、いつの間にか女性ものの服やスカート、カチューシャなどが握られている。
俺はふと思い立って、カチューシャを頭に装着した。美形は何を着けても似合うのだ。

「女装した男と例のカメラ…これらが見つかれば自分の思惑がバレてしまうかもしれない。だから、あなたは死体から服をはぎ取ったのです。…もっとも、服の回収には成功したものの、肝心のカメラを外し忘れたみたいですがね」

顎之彼方氏はショックで外れた顎をカクカクと揺らしている。もはやホラーでしかない。
その瞳には大粒の涙が浮かんでおり、地面に落ちたそれは水玉模様を作る。

「階段の…階段の角度さえ間違えなければ…私はただパンティーが見たかっただけなのに…」
「いや、十分犯罪だろ」

ボソッと誰かが呟いた。

「そうですよ顎之彼方氏、こんな回りくどいことをするからいけないんです。私なら女性に迫って堂々とパンティーを覗くでしょう」
「いや、それはそれでマズイだろ」

またしても誰かが呟いた。

そもそも、この事件は顎之彼方氏が俺のような完全な美貌の持ち主で、清い心を持ってパンティーを覗いていれば起こらなかったのだ。なんと不憫なことだろう。

「なんて…悲しい事件なんだ…」

そう呟くと、俺は颯爽と一輪車にまたがって百貨店を去った。セバスが空中に霧散して消える。

静寂に包まれたエントランスホールには、いつまでも顎之彼方氏の嗚咽が響いていた…

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