酒場の夜(徳島)

文字数 2,520文字

 夕方に飛行場からリムジンバスで徳島駅へ向かう。車窓には豊かな水田の景色が続いていた。前方に大きな丘陵(眉山)が見えてくる。幅広い吉野川を渡ると、急に都会的な風景に変わった。

 秋田町近くの宿にチェックインしてから、駅近くの居酒屋鳥ぼんへ向かう。地鶏の阿波尾鶏が名物の店。カウンターで瓶ビールを頼むとグラスまでキンキンに冷えていた。喉が渇いていたのでするするとビールが入っていく。

 串を何本かオーダーした。トロ皮塩、カリッとして脂の旨みが強い。肝ごま油、芳醇。塩麹串、香ばしくて味が深い。つくね月見串、豊かな味だけどご飯が欲しくなる。鶏肩ロース、歯応えが強く山椒とベストマッチ。あっという間にビール2本を飲み干してしまった。

 両国橋を渡って直ぐの飲み屋街である秋田町へ戻る。ネットに載っていた店のまわり道に入った。カウンター数席だけ、中には癒し系のきれいなママさんが立っていた。他には誰もいないようだ。芋焼酎の炭酸割りと肴には、よこ(マグロの子)の刺身。分厚い切り身で柔らかい。卵焼きも、これは先代のママさんから引き継いだメニューらしい、甘くなくて出汁の効いたとても良い味。サービスで出してくれた地元の味付けのり(大野のり)に巻いて食べると磯の香りとあわさって口の中でとろけた。

 店は30数年続いているとのことで、長年の客だったママさんが初代から引き継いで10年近く経つようだ。ご自身でも客の頃は息抜きに来ていたらしく、このお店には何かゆったりと癒される空気が流れている気がした。

 その晩は、全日本のサッカー中継があり、宿は地上波が映らないので(今風でTVがあってもユーチューブやアマゾンなど)、スポーツバーで見ようかと思っていた。たまたま他の客が居なかったのでカウンターの奥にあるTVでの観戦をお願いすると快諾、それから日本の勝利をママさんと二人で見届けた。料理もお酒も美味、勝っている試合を見ながらのママさんとの会話も楽しくて幸せな時間を過ごせた。




 店を出て歩いていると、ギターバー(Jiro's)の大きな看板前で一人の男の人がドアから中を覗き込んでいた。話かけると、少し前から入るのを躊躇っていたようで、私もつられて中を見ると結構広いスタジオのような造りになっていた。もしやばかったら一杯で出てこようと二人で申し合わせて一緒に入店した。

 正面がスタジオで楽器が幾つかセットされ、右手に小さなカウンターがあるがお客は他にいない。カウンターの中には若くて綺麗なママさんらしき人が佇んでいた。ママさんから、アニメの声優のような柔らかい声で、ギターやベースは自由に使ってくださいと言われた。

 一緒に入った男の人は40前後のシュッとした良い男で、カウンターに座りながらエレキギターを奏で始めた。とにかく上手い。昔の曲もレイラや天国への階段とか次々とアンプなしで手元も見ないで楽しそうに弾いている。彼の夢はギターバーを開くことらしい。その内、お互いの話をしながら何杯もジントニックの杯を重ねてしまった。

 飲み進めて羞恥心が薄れてきたのもあり、気がつくと数十年振りにベースを抱え、Aのブルースのセッションとなった。指は覚えているもので(ろくには動かないけれど)相手のギターの達人が軽快なソロを続けてくれたおかげで、短い時間だったけれど演奏の楽しさと高揚感が蘇ってきた。





 翌日の晩は、友人から勧められた駅近くの居酒屋安兵衛に。刺し盛りでビールを頂く。刺身は赤身とハマチとイカの大ぶりな切り身、特にイカの歯応えが素晴らしかった。

 前の夜にまわり道のママさんから勧められた近くのカウンターの店、せき半へ。名前だけ聞いて、地図アプリで行ったのだが、それでもかなり迷ってしまった。レンガ造りの建物からの横丁になっているかなり奥まった場所、昔ならとっくに諦めていたところだ。

 カウンター席だけの店は和風だけどシックな造りで、すでに常連客らしい方々が何名か座っていた。カウンター内の美人女将は何十年ものベテランだけどきさくな感じ。玉ねぎの輪切りで熱々の天ぷらを作ってくれた。某ハンバーガーチェーン(米国からで一部熱烈なファンがいる)のオニオンリングに見た目は似ているがこちらの方がシャキシャキと軽くて味わい深い。チャチャと手際よく美味しいものを作ってくれる。料理のセンスが凄いと感じた。

 地元の焼き芋焼酎の炭酸割りにすだちを絞って頂いたが、とても香ばしくて杯が進んでしまう。すだちは関東ではあまり馴染みがないものだが、昔、地元出身の旧友が口を開けば『すだち、すだち』と唱えていて、柑橘類では最高であり焼酎には特に合うと力説していた。どうしても彼の声が浮かんだので、割材として頼むと、少し季節は早かったようだが早生(ハウスものだろうか)のすだちを出してくれた。確かに本場のすだちは爽やかでとても美味しい。また聞いた話では焼き芋焼酎にはいろいろな度数のものがあり、中でも”里娘”の35度のもの(5千円超!)がまろやかで最高との話。いつか飲んでみたいものだ。

 常連の方々はいずれも30年以上も通われているとのこと。特に女将さんとの掛け合い(猫パンチ?)を延々と続けられていた壮年の方は、口は悪いけど憎めないタイプ。厨房機器の会社にいらしたようで、料理好きの私にはとても興味深い話をしてくれた。地元味噌のしじみ汁も振る舞って頂いた。女将さんのそれは合わせ味噌に少し生姜を効かせとても美味。また焼酎が進んでしまった。




 大通りから少し入ったジャズバーのスウィングに入った。階段を登ると正面には大きなカウンター。笑顔が魅力的なママさんが迎えてくれた。小腹が空いたので、ミックスピザとラムコークを。ライブもやるようだが、その晩はスピーカーで昔のジャズ喫茶のような音を楽しんだ。

 お互い子供が同年代らしいママさんとのいろいろな会話は時間を忘れるほど楽しかった。NYでのジャズクラブ訪問の話はとても興味深かった。また子供達にそれぞれ楽器(ピアノ)を習わせていたけれど・・・というママさんの話は妙に身近に感じられたのだ。

 徳島の夜はジャズの音色とともにゆっくりと更けていった。
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