第1話

文字数 2,323文字

夢物語と思って聞いてください。昔々まだ地球が生まれる前、宇宙の生命体が金星で会議を開きました。生命体はエネルギー体なので、今まで体を持ったことのない精霊たちです。天の声が言いました。「今地球という星を作ろうとしている。募集しているのは、そこに体を持って生まれたいメンバーのことだ」精霊たちは、「僕も」「私も」とこぞって地球に生まれることを希望しました。もちろん、体を持つことは、怪我をする、痛みを知る、死ぬ、という今まで彼らが経験していなかったことを修行することなので、生命体としてもっと経験を積みたい精霊はみんな地球で生まれ違っていました。

地球で生まれたい精霊を全部地球に行かせると、戻ってこれないで死んで亡くなってしまう可能性がありました。そこで、希望する精霊の半分を送ります。自分が地球に行く前精霊だったことを忘れないように、神様は精霊の一粒をひと滴垂らして体を作ることにしました。以前試しに送った精霊のうちの殆どが結局自分が精霊だったことを忘れて帰ってこれず肉体の塊として死んでしまったからです。戻ってこれたわずかな精霊は、愛を知っていたお陰で自分の本来の姿を忘れることなく戻ってこれたからでした。

競争率の高い地球での生命体としてのミッション、それを勝ち抜いて行けた者たちなのに、地球上での厳しい生活に忙殺されて次第に愛を忘れて、大半が死んで、土塊になってしまいました。天の声が心配して、時々愛を忘れないようにというメッセージを精霊に選ばれた人々に送るのですが、精霊の記憶を忘れた人間にはなかなかピンとこない様子でした。それでも、精霊のメッセージは、時々お釈迦様やイエスキリストのようなリーダーたちによって伝えられていました。

これでは足りないと判断されて、再び、金星で精霊たちの会議が開かれました。「もっと精霊のメッセージを伝える必要がある」との天の声の呼びかけに、メッセンジャーを増やすことが決まりました。今度は夢や占いと通して精霊のメッセージをより多くの人に伝えることになりました。

咲はそんな折に夢を見ました。「咲ちゃん、久子です、今日は、精霊からのメッセージを伝えに来ました。神戸に居て瞑想のクラスを教えているインド人の女性のレッスンを受けてください。」あまりに具体的なメッセージに咲は企業からの勧誘のような押し付けがましさを感じました。半信半疑で、週末のクラスを取ってみることにしました。その先生は、クラスの前に果物やお線香でお清めをすると、瞑想のクラスを始めました。精霊を呼ぶためでした。精霊は、一生懸命咲にメッセージを伝えようとしたのに、咲のアンテナが鈍っていたので、受け取れませんでした。咲には、愛が不足していたのです。

先は、瞑想クラスで奇跡的なことが起こり、何か人生を変えるメッセージを受け取れるかもしれないと思っていたので、何も起こらなかったのに、新幹線代、ホテル代、クラス台を使った自分にがっかりしていました。咲の友人の久子には奇跡が起こった話を聞いていたからです。久子はインド人の先生の呼吸法クラスを受けていて、その時瞑想中にドライアイが完治する奇跡に遭遇していたのでした。咲は久子が選ばれて、咲には奇跡が起こらなかったことで自信をすっかり無くしてしまったのです。これは、愛が原因でした。咲は自分を信じていないのです。自分はダメだと思っているのです。

「久子ちゃん、私もクラスを受けたけど、何も奇跡は起きませんでした。先生は『がんが治る人もいるけれど、それは保証できません』と言っていました」そのあとも、気持ちが立て直せず、「やっぱり、神様は私を愛してくれない」とひがんで過ごしていました。久子からは「この本読んでみてください」と一冊の本の紹介があったので、その本を買ってみました。本のタイトルは”魂の約束”でした。

その後も、先は道に迷い続け、自分自身に満足できず、腹を立てて日々を過ごしていました。インターネットで無料のタロットカードを引いてみたりしつつ、2ヶ月が過ぎました。そんなある夜、先はまた夢を見ました。それは、精霊たちが金星に集まって地球に行くメンバーを選抜している場面の夢でした。咲は、自分がその精霊の一人だったことを思い出しました。そして久子に次の朝メールを送りました。「やっと、自分が精霊であった記憶が戻りました。久子ちゃんに起こった奇跡は私には起きなかったけど」すると、涙が頬を伝いました。「ああ、私は自分を許せます。今まで、許せなくて、ごめんなさい。私は自分の人生を愛しています!本当に地球に生まれることができて、ありがたいです。」この言葉を言い終えると、肩から重荷が下されたようにすっきりした気分でした。

咲はもう、自分はダメなんて思いません。咲は咲なりに頑張ってきたのです。体をもらった時から、このように苦しみ、悩むことがプログラムされていたのです。それを望んで地球に生を受けたことを咲はすっかり綺麗に忘れていたのでした。自分が買った福袋なのに、その中身が何だったか分からなくなっていたのでした。咲は不安が頭をよぎる度に、不安を体験できているこの人生に感謝することができるようになりました。まるで咲がもう一人いて、この人生の読者になって、不安というドラマを楽しめるようになったのです。地球を救うとは大きなことのようですが、実際は咲が愛に気が付けば十分と言うことでした。

咲は76歳で体としての死を迎えた後、金星に戻り、次の生命体のアドバイザーになりました。自分の失敗を肥やしになかなか人気のアドバイザーとして次に生まれる地球の人間の育成に活躍しているそうです。
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