十二日一殺

文字数 3,205文字

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「善人はなかなかいない」
    ~フラナリー・オコナー~

恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。

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わたしは婚約者を両親に会わすために3年ぶりに地元に帰った。

彼女はコンパニオンの仕事をしたり、受付嬢をしたりしていたので容姿が大変よく、性格もサバサバしていたのでを両親も大変気に入ってくれた。

それにわたしの妹とも年が近く、とてもウマが合い、話も盛り上がった。

婚約者はすっかりわたしの実家に打ち解けた。

翌日、わたしは久しぶりに地元を散策したいと思い、婚約者を誘った。

しかし、妹がそれよりも女二人でドライブに行きたいと言い出し、彼女も面白そうとそっちの方に乗り気で、それならば妹に任せて、わたしひとりで散歩に出かけることにした。

田舎の、絵に描いたような畦道を歩き、小さな町の中心地まで足を運んだ。

商店街をとぼとぼ歩いているとわたしを呼ぶ声が聞こえた。

見ると、高校時代の同級生だった。

わたしたちは久しぶりの再会に、お茶でも飲みながら話でもとなった。

が、いや、どうせなら、酒でも飲まないかという成り行きでその商店街の昔からある居酒屋に入った。

わたしの近々の結婚話がメインになり、婚約者との馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれ、さらに昔話になり大分盛り上がった。

気が付くと、昼から飲み始めて、もう9時くらいになっていた。

さすがに彼女もドライブから帰っているだろうと思い、いくら打ち解けているとはいえ、まだ嫁にもなっていない女性をわたしの実家で一人にさせるのは気まずいし、彼女も困っているかもしれないと、わたしたちは店を出て帰ることにした。

商店街の真ん中を二人で酔いながら、ふらふら歩いていると大分、シャッターが目立っている。

この町も時代の波に逆らえず、街道沿いにできたショッピングモールに客をとられ、書き入れ時のこの時間でも人はほとんどいない。

わたしたちの話題はまだ尽きずあれこれ思い出話をしながら歩いていた。

商店街の途中にある右に折れる路地を曲がった時だった。

ただでさえ人気のない商店街から一歩そこに入るとさらにあたりは暗く、街灯もほとんどなく、灯りも鈍くぼんやりとしている。

わたしは、ふと、思い出したことがあった。

「なぁ、小学生の頃さ、このあたりで女の幽霊が出るって、噂がなかったっけ?」とわたし。

友人は酔いの頭でなんとか思い出し

「ああ、あった!あった!、ちょうど、あの街灯あたりだよな、出るって」と友人は指を差した。

その指差したその街灯がぼんやりと見えた。

わたしたちは小学生の頃に戻ったような気分になった。

下校時にまだ日のある夕方でもドキドキしながらここを二人で走って帰ったことを思い出した。

そのことを喋ると友人と二人でゲラゲラ笑った。

「そんなこともあったな」

しかし、

歩くにつれ、わかってきたことがあった。

今、そこに、

本当に、

女が立っていた。

わたしは友人がわたしのシャツを引っ張るのがわかった。

わたしたちは立ち止まった。

彼も見えているのだ。

「ひきかえそう」友人が小声で言った。

「まずいっ、」友人がさらに低く言った。

わたしたちは踵を返して、早歩きになって元来た道を返した。

「振り向くなよ」友人は息を荒げながら言う。

酔いはすっかり覚めてきた。

わたしたちは少し小走りになった。

というのも、さっき曲がったばかりだと思った商店街の入り口の灯りがぼんやりと見えるのだけれども、なかなかそこにたどり着けないのだ。

とうとうわたしたちは走り出した。

それに、

「振り向くなよ」と言われると「振り向き」たくなる。

わたしは、恐る、

恐る、

振り向いた。

女は距離を縮めている。

こちらとは違って、ゆっくりと歩いているのにだ。

「おい!見るな!」と友人は言う。

わたしたちはさらに足を速めた。

突然、わたしは何かに足をとられ、転んだ。

友人はわたしが転んだことがわからないのか、走り続けていた。

わたしはすぐに起き上がろうとした。

瞬間、

顔に、

何か、

もやがかかったような

表情が見えない女の顔が

わたしの顔の目の前に来ていた。

わたしは声も出なかった。

と、その時、友人が気づいたのかわたしのもとにやって来た。

友人は手を差し伸べた。

わたしは友人の手を取った。

しかし、わたしは友人の手ではなく何かを握り締めた感触があった。

女はなおも迫って来た。

わたしは、恐ろしくなって、握り締めたそれを女にめがけて

突き出した。

耳をつんざくほどの悲鳴が響いた。

見ると、

女の心臓あたりに包丁らしきものが突き刺さり、

真っ赤な血が吹き出している。

わたしはその時、

女の顔が

なかったはずの

女の顔が、

見えた。

それは、

わたしの婚約者だった。

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「で、そいつまだ『婚約者』とかなんとか言ってんの?」と40代の刑事。

「ええ、まだ興奮状態で、『婚約者を田舎の両親に会わせに行った』とか言ってますけど」と20代の刑事。

「コイツ、この殺した女のストーカーだ。受付嬢をしていた頃からしつこく付きまとっていたらしい。女の方から被害届けが出ていて、そこの警察から注意勧告とマークがされていて大人しくしていたようだけどな、それにコイツの両親はとっくに死んでるし、『田舎』って何のことだ?ここは東京だぜ、東京で殺したんだぜ……、精神鑑定………、だな…、」

「精神鑑定の如何によっては、無罪放免になるんですかね?、被害者も遺族もやりきれないですよね」

「『おれは幽霊を刺した』ってずっと言ってるみたいだが?」

「逃げ口上じゃないですか?、あっ、でも、確かにここ、『出る』らしいですよ」

「刺したのは『女の幽霊』で人間ではございません。って、そう言って精神異常で逃げる気か、」

「ま、そんなとこでしょうね、あっ、でも、『出る幽霊』って、『男の幽霊』ですよ」

「え?」

「それも『包丁を持った男の幽霊』って、有名です。この現場ってとにかく刃物を使った暴行事件や、強盗事件が多発してるんですよね……、」

「あっ!、この現場、あの30年前の通り魔事件の現場か、」

「そうなんですよ、あの犯人のやつ、3人殺して、ここで自分の心臓突き刺して自殺したんですよね」

「確かに気味が悪いな」

「防犯カメラの画像、もう一度見てみます?」

若い刑事が録画した画像を再生した。

画面には

加害者のストーカー男が、女の後ろからに小走りで近づいている場面だった。

二人はじっとその画像を見つめた。

ストーカーはつまづいて転んだ、

その時、

女が何かに怯えたように、突然振り向き、転んだストーカーと鉢合わせになった。

そしてストーカーは女を刺した。

その場面がしっかりと写っていた。

『人影』と若い刑事が画面を指差した。

画面の左端、

女がそのまま行こうとしていた方向に何か

『人影』のような者が写っていた。

ストーカーが女を刺した、同じ瞬間、

『人影』は手のようなものを前に突き出す格好をしていた。

「人を刺している格好のように見えませんか?」と若い刑事は言うと、画面の『人影』をとんとんと指でたたいた。

ベテラン刑事は黙って画面を眺めていた。

と、

突然、若い刑事が

「うっ!」

と呻き、

ドサっと

鈍い音をたてて

倒れた。

心臓あたりから血が吹き出していた。

ベテラン刑事は先ほど押収した凶器の包丁を手に持って、呆然と立っていた。

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「あれを見た後、突然、目の前に顔のない、恐ろしいものが迫って来て、それで…、それで…、誰かが俺の手に何かを渡して、俺はそれを握り締めた。……俺はもう、怖くて、怖くて……、握ったものを突き出した。ただ、ただ、それだけ、なんです……」

警察署内での刑事の殺人という前代未聞の事件に

40代の元刑事はそんな証言を繰り返した。

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十二日一殺、終。
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