後話
文字数 1,621文字
現実は――残酷だよな。
大人になって、自立して……一人前には程遠いけど、頑張って前を進んできた。
「……今日は暑いよなぁ、夏奈。こんな日は早いとこ水風呂浴びてビールでも飲みたいよ」
木漏れ日も度が過ぎればうっとおしく感じるこの季節、際限なく伸びる雑草に四苦八苦しながら俺は彼女と呑気な会話する。
「大丈夫、飲みすぎやしないって。昔みたく自暴自棄になってないし、制御はできてるって」
きっと呆れられているだろう。だっていつも同じような答え方だもの。
「しっかし……もうちょいかな、そっちへ行くのは」
命には限りがあり、死は平等であって理不尽なことを知ってからは波乱だった。
悟られまいと、大切な家族を悲しませまいと、無責任に飛び回った後ひっそりと生きようとしたのにこのざまとはお天道様もニンマリするほどの喜劇なのだろう。
「一緒に居てさ、ずっと傍にいるって言ってくれたのに、君の方が先に離れていくとはね……はぁ」
一筋の煙が揺らいで磨かれた石に光が反射する。彼女が好きだった薔薇の匂いが鼻孔をくすぐり不意に笑みが漏れてしまう。
「俺と結婚するって――子供のころ妹に言い続けられたのを思い出したよ。色々なことが重なって逃げたことも」
胸のあたりにズキンと痛みが走る。
「叔父さんからこの土地を譲ってもらって……君と出会って、それからが早かった……」
草刈りを終えた俺は地面に座り込み供えられたおにぎりと缶ジュースを手に取って食べ始める。
「そして今は長すぎる時を過ごしてる。ようやく立ち直って笑顔で話せてるのに……随分と残酷な話だよ、ハハ」
一通り食べ終わってから彼女の前で一礼し俺は山道を下りていく。そして俺は住んでいるの家の前で意外な人物と再会してしまう。
「桜子……か?」
「――兄さんっ!」
十年という月日があれば人はガラッと変わるものだ、そう考えていたのに俺の前に立っている女性は妹だとすぐに理解した。
「兄さんっ、私……兄さんに会いたかった……!」
「どうして桜子が……いや、ここの住所は誰も知らないはずだけど」
「ずびっ……親戚の叔父さんが教えてくれたの」
叔父さんが? ああきっと酔っぱらった勢いで口を滑らせたのだろう。俺は涙や鼻水でぐしゃぐしゃ顔な妹に手拭いを渡した思いっきり鼻をかまれたこと以外はとても奇跡的なものだった。
「兄さん……」
「…………」
ただ俺は辛いんだ。妹と再会したことで自分がしてきた十年が振出しに戻ったのだから。
「――兄さんっ、兄さん……っ!」
兄として振舞おうとも妹の思いは止められない。兄妹として兄妹らしい触れ合いなんて妹は微塵も求めていない。
『私っ! 絶対にお兄ちゃんと結婚するんだもん!』
その台詞を思い出すたびに自分がああでなければ正直に妹の愛を受け入れられたのだろうにと小さな悔しさが心の奥底から浮上する。
「桜子っ」
胸が痛い。今まで我慢してきたからか、いや――そんな簡単なもんじゃない、幾つもの隠し事が混ざり合ってできた痛みに俺は苦悶する。
「兄さん……ダメ、だった……? 私じゃ、ダメ?」
「……」
悲しそうで、切なそうな表情をする妹に俺は声をかけられなかった、言いたくとも無難な言葉が見つからない俺は昔のように頭を撫でる。
そして妹とも別れの時がやってくる。
「あの……」
俺はまた妹の頭を撫でる。できる限り、悟られないようにあっさりとした手つきで。
「――さ、行ってこい」
告げるなら最後のチャンスだろう。妹の手を取り、胸の内を伝えるのなら今しかない。
「…………」
それでも俺は『手の届かない兄』を選んだ。妹より、この十年を選んだのだ。
それが正しかったのか、何が正しかったのか、そう自分自身に問いても十年前の決意は覆らないだろうと答えが返ってくる。
「ごめんな、桜子」
俺はお前の兄で、兄として終わりたい。
唯一の心残りとしては、お別れの挨拶を簡単に済ませたことぐらいかな。
大人になって、自立して……一人前には程遠いけど、頑張って前を進んできた。
「……今日は暑いよなぁ、夏奈。こんな日は早いとこ水風呂浴びてビールでも飲みたいよ」
木漏れ日も度が過ぎればうっとおしく感じるこの季節、際限なく伸びる雑草に四苦八苦しながら俺は彼女と呑気な会話する。
「大丈夫、飲みすぎやしないって。昔みたく自暴自棄になってないし、制御はできてるって」
きっと呆れられているだろう。だっていつも同じような答え方だもの。
「しっかし……もうちょいかな、そっちへ行くのは」
命には限りがあり、死は平等であって理不尽なことを知ってからは波乱だった。
悟られまいと、大切な家族を悲しませまいと、無責任に飛び回った後ひっそりと生きようとしたのにこのざまとはお天道様もニンマリするほどの喜劇なのだろう。
「一緒に居てさ、ずっと傍にいるって言ってくれたのに、君の方が先に離れていくとはね……はぁ」
一筋の煙が揺らいで磨かれた石に光が反射する。彼女が好きだった薔薇の匂いが鼻孔をくすぐり不意に笑みが漏れてしまう。
「俺と結婚するって――子供のころ妹に言い続けられたのを思い出したよ。色々なことが重なって逃げたことも」
胸のあたりにズキンと痛みが走る。
「叔父さんからこの土地を譲ってもらって……君と出会って、それからが早かった……」
草刈りを終えた俺は地面に座り込み供えられたおにぎりと缶ジュースを手に取って食べ始める。
「そして今は長すぎる時を過ごしてる。ようやく立ち直って笑顔で話せてるのに……随分と残酷な話だよ、ハハ」
一通り食べ終わってから彼女の前で一礼し俺は山道を下りていく。そして俺は住んでいるの家の前で意外な人物と再会してしまう。
「桜子……か?」
「――兄さんっ!」
十年という月日があれば人はガラッと変わるものだ、そう考えていたのに俺の前に立っている女性は妹だとすぐに理解した。
「兄さんっ、私……兄さんに会いたかった……!」
「どうして桜子が……いや、ここの住所は誰も知らないはずだけど」
「ずびっ……親戚の叔父さんが教えてくれたの」
叔父さんが? ああきっと酔っぱらった勢いで口を滑らせたのだろう。俺は涙や鼻水でぐしゃぐしゃ顔な妹に手拭いを渡した思いっきり鼻をかまれたこと以外はとても奇跡的なものだった。
「兄さん……」
「…………」
ただ俺は辛いんだ。妹と再会したことで自分がしてきた十年が振出しに戻ったのだから。
「――兄さんっ、兄さん……っ!」
兄として振舞おうとも妹の思いは止められない。兄妹として兄妹らしい触れ合いなんて妹は微塵も求めていない。
『私っ! 絶対にお兄ちゃんと結婚するんだもん!』
その台詞を思い出すたびに自分がああでなければ正直に妹の愛を受け入れられたのだろうにと小さな悔しさが心の奥底から浮上する。
「桜子っ」
胸が痛い。今まで我慢してきたからか、いや――そんな簡単なもんじゃない、幾つもの隠し事が混ざり合ってできた痛みに俺は苦悶する。
「兄さん……ダメ、だった……? 私じゃ、ダメ?」
「……」
悲しそうで、切なそうな表情をする妹に俺は声をかけられなかった、言いたくとも無難な言葉が見つからない俺は昔のように頭を撫でる。
そして妹とも別れの時がやってくる。
「あの……」
俺はまた妹の頭を撫でる。できる限り、悟られないようにあっさりとした手つきで。
「――さ、行ってこい」
告げるなら最後のチャンスだろう。妹の手を取り、胸の内を伝えるのなら今しかない。
「…………」
それでも俺は『手の届かない兄』を選んだ。妹より、この十年を選んだのだ。
それが正しかったのか、何が正しかったのか、そう自分自身に問いても十年前の決意は覆らないだろうと答えが返ってくる。
「ごめんな、桜子」
俺はお前の兄で、兄として終わりたい。
唯一の心残りとしては、お別れの挨拶を簡単に済ませたことぐらいかな。