萌香の死

（寧樹に会いたいなぁ……）
（あれから、ずっと会ってないよ……）

　私は入生田萌香。
　私の命も、恐らく後僅か……。
　死ぬのが怖くないと言ったら、
　それはもう嘘になる。
　でも……。

　家族は私に、大した病気ではないと言っていた。でも、病室のベッドでふと目を覚ました時に、先生が……。
「末期ガンで、身体中にガンが転移して、もう助からない……」
　息子たちに、そう伝えているのを耳にしてしまった。
　私と親しくしていた人たちとも、多くは生き別れやら死に別れ。私を知る人は、最早家族数人だけとなった。だから……、痛い思いさえしなければ、もう、死んでもいいかって思いもある。
　ありがたいことに、その望みだけは叶えられそうだ。私は点滴を射たれ、強い痛み止めのお蔭で、もう殆んど何も感じない。
　その分、朦朧としてしまうせいか、家族が面会に来ても、それが誰なのか、私は直ぐには分からない。もしかしたら、それは単なる夢なのに、現実と思い込んでいるだけなのかも知れない。
　勿論、人生に悔いがないと言ったら嘘になる。辛いことだって幾つもあった。でも、私の一生は、押し並べて幸福だったのではないだろうか？
　結局、私は入生田萌香で生涯を終える。その点に関しては、亡き主人に感謝している。
　彼も私も一人っ子で、お互いの家の為に夫婦別姓とさせて貰ったのだ。それで、上の子は主人の姓のまま主人の家業を継ぎ、下の子は入生田の姓を継いで祖父、曾祖父同様に政治家になった……。
　心残りは、新田有希……、寧樹と最後のお別れが出来なかったことだ。彼女は私の大切な友だちだし、私と彼女は一心同体、彼女はもうひとりの私でもあるのだ……。
　あと、何日生きられるのだろうか？
　彼女なら、私を助けることも出来るのだろう。でも、寧樹に命を助けて貰いたい訳ではない。ただ、私は、彼女に、お別れが言いたいだけなんだ……。

（ほう、殊勝な心掛けだのう……）
（寧樹、来てくれましたの？）
（あったり前じゃん。親友とのお別れだもん。身体は直ぐには来れないけどさ、心だけは先に会いに来たよ）
（嬉しいですわ……）
（でも……、私は萌香を治さないよ）
（構いませんわ。主人とも、久し振りに会いたいですし、生きていても、することなど無いと思いますもの）
（へぇ～）
（でも、死後の世界なんて、わたくし、本当は全然信じていませんの。生まれ代わりも信じていませんし、最後の審判も無いと思っていますのよ。私って、無神論者ですから……。でも、それで、わたくしが全くの無になってしまうのが、正直言って恐ろしく感じてもいますの。おかしいでしょう？）
（死はね、小学校を卒業して中学生になるのと同じ、新しいステージへの旅立ちなんだよ。だから、決して悲しいことじゃないんだよ）
（寧樹、あなた、それって、死後の世界が在ると仰有りたいの？　でも、死後の世界って、科学的にどう説明されるのかしら？）
（今、萌香がいる生の世界は、萌香がいることで存在してるんだよ。萌香の目があるから色があるし、萌香の耳があるから音がする。萌香の脳が無ければ、存在すら出来なくなる世界なんだ。だから、萌香が死んだら全て消滅する。そして、新たに萌香の命は、生命エネルギーに還元されて、別の世界の要素となり、新たな萌香の命を育むことになる。そして、新たな萌香によって、新たな世界が生み出されるの）
（それって、分かりやすく言うと、生まれ代わるってことかしら？　でも、仮に生まれ代わりがあったとしても、人類が滅亡したら、わたくしたち、人間に生まれ代われませんわよね）
（そうね。犬になるか猫になるか……）
（犬猫ならまだ宜しくてよ。ミミズやゾウリムシにでも生まれ代わったら、目も当てられませんわ。人類が滅亡するような状況では、ろくな生き物も残っていないでしょうし……）
（そうだね……。でも、ゾウリムシには脳がないから、意思が存在しない、そうなると、もう、萌香が生まれ代わったモノとは、とても言えないね）
（でしたら、矢張り生まれ代わりなんて、存在しないのじゃありませんこと）
（確かに、意思を持つ生き物が全ていなくなったら、萌香は生まれ代わることが出来ないだろうね。でも……、そしたら、命は生命エネルギーに変換される。その生命エネルギーは生命に戻るかも知れないし、熱エネルギーなど別のエネルギーになるかも知れない。エネルギーは物質に変化したり、物質からエネルギーに戻ったりして変化し続ける。そして、何時の日か、再び命として何れかの人間の脳に宿るのよ）
（不思議な話……。でも本当ですの？）
（さあ。私も本当かどうかは知らないわ。悪魔の世界でそう伝えられてるだけよ。だって私、死んだことないもん！）
（なんなのですか？　それは？）
　私は笑った。笑ったと思う。
　そうやって、笑って死んでいけたら良いと思う。さよなら、寧樹。もうひとりの私。