楽しめ

文字数 974文字

天井を見る。片目をつむる。腕を伸ばして、引っ込める。
退屈だ。
ベッドの上で寝そべって、横向きになる。
片耳を枕に押し付ける。ごおーと音がする。
その音の正体をつきとめようと、ぼくはいつまでもその音に耳を澄ます。
外側から聞こえてくるのか、内側から生み出されているのか、正体をつかんでやろうと聞き続ける。

いつのまにかこの身体の中に押し込められ、世界と分離した個体として存在していた。
肉体を持って生きるということに馴染めず、いつだって、これはなんだろう、と疑問に思っては、ああだろうか、こうだろうかと答えを追い求め続けている気がする。

昔からそうだった。
穴があれば覗き込む。
スイッチがあれば押して、はしごがあればよじ登る。
だからトンネルがあったなら、当然入るまでだった。

暗い道を歩いていた。
日が暮れたからなのか、曇り空だからなのか、ぼくにはよくからない。心細くはあったが、不思議と怖くはなく、ぼくはずんずんと進んでいく。
突如吸い込まれそうになった。
そこにはトンネルが大きな口を開けて、ぼくのことを待ち構えていた。手に持つ端末で確かめる。地図には載っていない。

昔からそうだった。
落ちているものは拾い上げる。
ぶら下がっているものは引っ張って、動いているものは捕まえる。
だからトンネルがあったなら、当然入るまでだった。

何よりここは、トンネルの中だというのに眺めがいい。
見渡す限り、素晴らしい景色が広がっている。
何をしてもいいし、何もしなくてもいい。
出口を探してもいいし、ゲームを楽しんでもいい。写真を撮ったり飾ったり、音楽を聞いたり奏でたりしてもいい。ちょっと座って休憩もできる。
何しにきたんだっけな、いよいよぼくはわからなくなる。

ポケットに手を突っ込むと指先に当たるものがあった。
ぼくはそれをつまんで取り出す。
いつの日か、ポケットに入れて忘れたままになってたコインだ
ラッキー、何に使おうか。
ぼくは考える。
ガチャガチャを回してもいいしチューインガムを買ってもいい。
なぜぼくはコインを持っているんだろう、などとは思わない。
どうやって使ってやろうかなと考える。
だからなぜぼくはトンネルに入るんだろうだなんて思わなくていい。
どうやって楽しんでやろうかなと考えればいいのだ。

ここにトンネルがある。
退屈はどこかへ行った。
トンネルがあれば入るまでだし、入ったなら楽しむまでだった。
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