第1話
文字数 1,733文字
部屋のありとあらゆるスイッチをオフにしてベッドの上に腰かけた。
目の前のテーブルに置いた蝋燭にライターで火をつける。
輝く橙色の芯に真黒な一本の筋が通っていて、そこから濁った蝋が次々にあふれてくる。
狭い部屋を照らすには一つの炎で十分だ。
外から虫の声が聞こえるが、うるさくはない。
消えようとしている僕の魂の存在をもう少し確かめるには、君のことを思い出す必要がある。
大学一年の春、僕は君と話した。本当に偶然で、席が隣だったからだ。
五十音順で並ぶと近かったから、その偶然は何度か続いだ。
話しかける内に僕は君をもっと知りたいと思うようになった。
友達になりたかった。
しかし、君の容姿と声以外を知るという難題にどう向き合えばいいかわからなかった。
難問を解かなくても、君と話すことはできる。
君の言葉からは何かしらの情報を得ることはできたけれど、君を理解することはできなかった。
講義が始まる前後に、時々君を見つけた。それだけで僕の胸はいっぱいになって、充実感を得ることが出来た。君が友人たちと楽しそうに話している声を聞ければ僕も嬉しかった。
「友人とは、なろうと思ってなるものではなく、なっているものだ」というのはよく聞くが、本当のことだと思う。
友達になるという努力は結局無駄に終わった。
ただ挨拶をすることしかできなくなっていた。
あまり距離を詰めすぎるのは気持ちが悪いだろうとか、このぐらいのことは聞いていいだろうとか、色々と考えているうちに、君との距離はどんどん遠くなった。
知り合ってから一年、友人になることは諦め、知り合いになるよう努めた。目が合えば挨拶はした。
時々同じ講義に出席していると、すごく緊張した。まだ、君に近づけると、心のどこかで期待していたのかもしれない。
君は僕の知らない男と講義に出席していた。
あの時の僕は男に嫉妬していたのかさえよくわからない。
君が同性からも異性からも人気があったことを知っていたし、僕が嫉妬する筋合いなど全くなかったからだ。
しかし、今もあの時のことを思い出せるということは、自分の中で何か強い感情が芽生えていたのかもしれない。
知り合ってから二年、もう挨拶もしなくなった。
しかし、君を見ると心臓が痛くなった。君が僕を見ることが無くなったからだろうか。
このころには講義が被ることも無くなって、ますます会う機会は減っていったから、君を見ることの重みが増したのだろうか。
知り合ってから三年、その日はゼミの飲み会があった。
僕はほろ酔い気分で気持ちよく帰りの電車を待っていた。
反対側のホームに君がいたので、僕の酔いはすっかり醒め、また僕の心臓は不規則な鼓動で鳴り始めた。
君は友人たちと話している様子だったが、こちらに気が付いていない。
僕は君を見るのをやめた。何故か後ろめたかったからだ。
君の待っている電車の方が早く来たから、君は僕から猛スピードで遠のいた。
知り合ってから四年、大学の卒業式。
僕は大学を卒業できなかったが、ゼミの先生に用事があったので、その日大学に来ていた。
同期達とたくさんすれ違ったが、特に何も感じなかった。
しかし、振袖姿の君が友人と歩いているのが見えたので、僕の思考は停止した。
君も僕に気付いたようだった。
目は合わなかった。君は下を向いて、僕に気が付かない振りをした。
僕は進行方向を変えた。これ以上君に近づくことを体が拒否していた。
僕はそれでも幸福だったと思う。
僕以外の人間にどう聞こえるかは知らないが、これは間違いない。
胸の痛みが必ずしも不幸を意味するわけではない。
痛みは苦しみと快感を与えるから。
この痛みは僕を時々慰めてくれたけれど、もうその効果も消えてしまったようだ。
不幸も幸福も無くなったら人間はどうなるのだろう?
明日僕は死ぬけれど、その瞬間にわかるのだろうか?
その瞬間、夢でも、少し遠くから君が見えたら、僕の魂も少しは救われるのだけれど。
目の前のテーブルに置いた蝋燭にライターで火をつける。
輝く橙色の芯に真黒な一本の筋が通っていて、そこから濁った蝋が次々にあふれてくる。
狭い部屋を照らすには一つの炎で十分だ。
外から虫の声が聞こえるが、うるさくはない。
消えようとしている僕の魂の存在をもう少し確かめるには、君のことを思い出す必要がある。
大学一年の春、僕は君と話した。本当に偶然で、席が隣だったからだ。
五十音順で並ぶと近かったから、その偶然は何度か続いだ。
話しかける内に僕は君をもっと知りたいと思うようになった。
友達になりたかった。
しかし、君の容姿と声以外を知るという難題にどう向き合えばいいかわからなかった。
難問を解かなくても、君と話すことはできる。
君の言葉からは何かしらの情報を得ることはできたけれど、君を理解することはできなかった。
講義が始まる前後に、時々君を見つけた。それだけで僕の胸はいっぱいになって、充実感を得ることが出来た。君が友人たちと楽しそうに話している声を聞ければ僕も嬉しかった。
「友人とは、なろうと思ってなるものではなく、なっているものだ」というのはよく聞くが、本当のことだと思う。
友達になるという努力は結局無駄に終わった。
ただ挨拶をすることしかできなくなっていた。
あまり距離を詰めすぎるのは気持ちが悪いだろうとか、このぐらいのことは聞いていいだろうとか、色々と考えているうちに、君との距離はどんどん遠くなった。
知り合ってから一年、友人になることは諦め、知り合いになるよう努めた。目が合えば挨拶はした。
時々同じ講義に出席していると、すごく緊張した。まだ、君に近づけると、心のどこかで期待していたのかもしれない。
君は僕の知らない男と講義に出席していた。
あの時の僕は男に嫉妬していたのかさえよくわからない。
君が同性からも異性からも人気があったことを知っていたし、僕が嫉妬する筋合いなど全くなかったからだ。
しかし、今もあの時のことを思い出せるということは、自分の中で何か強い感情が芽生えていたのかもしれない。
知り合ってから二年、もう挨拶もしなくなった。
しかし、君を見ると心臓が痛くなった。君が僕を見ることが無くなったからだろうか。
このころには講義が被ることも無くなって、ますます会う機会は減っていったから、君を見ることの重みが増したのだろうか。
知り合ってから三年、その日はゼミの飲み会があった。
僕はほろ酔い気分で気持ちよく帰りの電車を待っていた。
反対側のホームに君がいたので、僕の酔いはすっかり醒め、また僕の心臓は不規則な鼓動で鳴り始めた。
君は友人たちと話している様子だったが、こちらに気が付いていない。
僕は君を見るのをやめた。何故か後ろめたかったからだ。
君の待っている電車の方が早く来たから、君は僕から猛スピードで遠のいた。
知り合ってから四年、大学の卒業式。
僕は大学を卒業できなかったが、ゼミの先生に用事があったので、その日大学に来ていた。
同期達とたくさんすれ違ったが、特に何も感じなかった。
しかし、振袖姿の君が友人と歩いているのが見えたので、僕の思考は停止した。
君も僕に気付いたようだった。
目は合わなかった。君は下を向いて、僕に気が付かない振りをした。
僕は進行方向を変えた。これ以上君に近づくことを体が拒否していた。
僕はそれでも幸福だったと思う。
僕以外の人間にどう聞こえるかは知らないが、これは間違いない。
胸の痛みが必ずしも不幸を意味するわけではない。
痛みは苦しみと快感を与えるから。
この痛みは僕を時々慰めてくれたけれど、もうその効果も消えてしまったようだ。
不幸も幸福も無くなったら人間はどうなるのだろう?
明日僕は死ぬけれど、その瞬間にわかるのだろうか?
その瞬間、夢でも、少し遠くから君が見えたら、僕の魂も少しは救われるのだけれど。