第1話

文字数 1,086文字

また寝落ちしてしまった。仕事まで、7時間。準備も入れると寝れるのは5時間ってとこか。
シャワーを浴び終え、歯を磨いている間にふとテレビをつけると、芸人が叫んでいる。どこかで見たことあるような一発芸だなと嘲笑が漏れる。いつからだろうか、芸人を単純に面白いと笑えなくなったのは。昔は、ゴールデンの芸人の番組が楽しみだった。早めにお風呂に入って、夕飯を食べて、番組開始まで待機していた。次の日には、学校で一発芸を真似していた。
あの芸人達も深夜の番組でくすぶってたことがあるんだろうな。いや、深夜でもテレビに出れるのはもう売れているのかもしれないな。
大学の2つ隣の下宿があった駅には毎週のように若手芸人達が立ってライブチケットを手売りしていた。バイト代が出ると、そこを素通りして駅前の書店で、小説を買い込んで読み漁っていた。いつかおれの小説も書店に並ぶといいなと思いながら、大学が終わると、家では読書か執筆をしていた。
でも、書店に並ぶ日は来なかった。
仕事をしながらでも書くことはできる。そう言い聞かせて、就職した。初めのうちは仕事が終わるとパソコンに向かって書いていた。しかし、だんだんと平日は疲れて寝てしまう日が多くなり、書くのは週末だけになっていった。そして、今ではもう半年も制作途中の小説が進んでいない。
いつも帰ったら書こうとは思っている。だが、ごはんを食べ、スマホをいじっていると寝落ちしてしまう。
明日もあるし今日も書くのは無理だな。リモコンを手に取って、テレビに向けると、テレビの横にある本に目が留まった。「小説の書き方の教科書」という帯のその本を買ったのは、大学4年生の就活の時期だったと思う。就活をせずに小説家として生活していくという目標は叶わず、自分の才能の限界を感じて買った。埃を払いのけパラパラとページをめくると、一枚の紙がすっと落ちていった。「第10回下北沢若手お笑いライブ」。あの日、本を買って店を出ると、若い男性から話しかけられた。いつもならすみませんと言って通り過ぎるところだったが、ふと魔が差した。いや、自分と同じように才能がない人を見たかったのかもしれない。その日初めて、見に行ったそのお笑いは、面白くなかった。でも、目の前の人を笑わせようともがくその姿は、かっこよかった。いつからだろうか、お笑い芸人が面白いではなくかっこよく見えるのは、そして自分がかっこ悪く見えてしまうのは。「お前つまんない。」と言われた芸人がまたさっきの一発芸をする。見たことあるな。そうかあの日のお笑いライブで見たつまらない一発芸なんだ。テレビを切り、パソコンを立ち上げた。
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