春と娘

文字数 351文字

ふいに訪れた片言の春が
幼い娘の手を握りしめて
夕暮れのしっぽに
ちからづよく噛みついた

さくらの咲いた緑道の
三人のうしろ姿は
まるで家族ごっこ
見つめる先の青空は空っぽで
若葉に負けた老桜のように
ただ散るのを待っている

日が沈んだ家の中は
遊び疲れた季節たちの
仮眠室のように静かだった
娘は夢を見たいが為に早く寝た

わたしは
あなたの人生を生きられるのだろうか

あなたは
わたしの人生を生きられるのだろうか

ちから加減の分からなくなった
二人の影が細く伸びていく
夕暮れの下り坂
握っていた手を離して
去っていく春に手を振って
散った桜がきれいな別れ道
ホトトギスが聞こえた
右か左か
二人は次の季節に向かって
さくらを踏みしめて歩き出す

娘はしっぽを振った
いつまでも
夢が覚めないように
またみんなで
緑道を歩けるその日まで
娘は春が少しだけきらいになった
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