第1話

文字数 1,718文字

 地獄の入口に辿り着いた時、肉体は無いはずなのに三太はぐったりと疲れ切っていた。
 交通事故に遭い、二十代という若さでこの世を去った三太は、つい先ほどまで天界振り分け窓口で長い列に並んでいた。死者は天界の役所であるこの窓口に並び、自分の行き先を教えてもらうのである。
 天国に行き、すぐに生まれ変われる人はほんのわずか。大半の人は天国の下働きをして徳を積み、やがて生まれ変わりの切符を手に入れるか、もしくは地獄の下働きとして延々と働き続ける道に進まされる。
 三太はその窓口で、小学生の頃に文房具店で消しゴム一個を万引きした罪で、地獄での永遠の労働を科された。自分ですら忘れていた軽犯罪が死後にまで影響するなんて。あまりの理不尽さに、窓口の女性に減刑を訴えてみたが、当然のように受け入れてもらえなかった。
「最近は地獄でも、敗者復活のチャンスがあるから大丈夫ですよぉ。とりあえず先に進んでくださいねぇ」
 ごねられては困ると体よく追い払われたような気がしないでもないが、三太は言われたとおりにこうして地獄までやってきたのだった。
 建物の中に入るとすぐに、バニーガールのようなセクシーな格好の女性が近づいてきた。しかし頭の上についているのは、ウサギの耳ではなく鬼の角だ。
「ようこそ、地獄へ。早速ですが、蜘蛛の糸チャレンジの賭けに参加されますか?」
「蜘蛛の糸チャレンジ?」
 バニーガールならぬ、鬼ガールの説明によると、蜘蛛の糸チャレンジは芥川龍之介が地獄に来た時から始まった救済システムだそうだ。定期的に天上から蜘蛛の糸が垂らされ、最初に上まで上りきった者は天国に行く権利を与えられる。チャレンジに参加するには、徳コインが必要となる。徳コインは生前の行いに応じて、地獄に振り分けられた時に相応の額を支給される。三太も窓口で既に受け取っていた。
「地獄に配属される前に、死者は一回だけ賭けに参加することができます。蜘蛛の糸チャレンジで誰が一位になるか、徳コインを賭けるんです。ここで見事、一位を当てることができれば、自動的にその人も天国行きの切符を手に入れることができます」
「えぇっ?! それじゃあ、どんな悪事を働いた人でも、運さえ良ければ簡単に天国に行けるってこと?!」
「そうですが、けっして簡単ではないですよ。なにしろ蜘蛛の糸チャレンジは大人気のイベント。参加者は毎回千人超えですからね」
 鬼ガールの言葉にガクッと力の抜けた三太だったが、競馬でいうところの複勝のように、上位百着に入るチャレンジャーを予想して徳コインを増やすこともできると聞き、気を取り直した。一位を当てることは無理でも、少しでも手持ちのコインを増やして、地獄に行った後に蜘蛛の糸チャレンジに参加できる機会を増やそうと思ったのだ。
 更に詳しい説明を聞いた三太は、馬券ならぬ死者券を買い求めた。せっかくなので運試しにと、適当に選んだ死者の単勝の券も買っておく。そして、蜘蛛の糸が垂れてくるのを待った。

 蜘蛛の糸チャレンジ終了後、三太は震える手で死者券を握り締めていた。蜘蛛の糸チャレンジはデッドヒートを繰り広げ、最終的に天上に上っていったのは、三太が単勝の券を買ったあの死者。気まぐれの券が万馬券、いや、天国への切符に変わってしまったのだ。
 三太は呆然としながら、先ほどの鬼ガールの元へ向かった。三太の渡した券を見た鬼ガールは目を大きく見開いた後、おもしろくなさそうに券を突き返した。
「それ持って、天界振り分け窓口まで戻ってくださぁ~い」
 急に愛想が悪くなった鬼ガールに戸惑いながらも、三太は言われたとおり、元来た道を戻っていった。歩きながら、こんな簡単なことで良いのだろうか、とぼんやり考える。もちろん三太としては、天国に行けることに不満はない。最前も窓口で、幼少期の罪を問われて反論したくらいだから当然だ。だからこそ、この結果に釈然としない。些細な罪で裁かれて、自分自身はなにも変わっていないのに、ただ運が良かっただけでその罪も免除される。この仕組みのばかばかしさに、三太は天を仰ぎ見た。
「この世もあの世も、理不尽さに変わりはないんだな」
 呟いて、三太は再び長い列の最後尾についた。
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