異世界ハーレム

文字数 4,557文字

はじめまして! そこの冴えない人! そんなあなたに朗報です!
(何だこの危ない人は……)
……。
 男性は軽く会釈だけして、通り過ぎようとする。


 だが、

逃がすかあああ! 記念すべき最初の転移者! さあ、早くこのトラックにぶち当たるのです!
それじゃあ転生になるだろ……
追いかけてきた少女に首根っこを掴まれた男性は観念したように呟く。
おやおや〜? もしかしてご存知なのですかな? 異世界転移とか転生とか?
漫画とかで読んだだけだ。悪いけどアンタに構ってる暇は……
 男性は振り向き、思わず言葉を無くす。


 目の前には少女に持ち上げられたトラックがあった。

……なるほど。

理解した。だから、そのトラックをゆっくり置くんだ……

では! 説明に入ります!
少女はドンっとトラックを置き、満面の笑みを浮かべる。
まずは転生か転移を選んで頂きます。

転生を選べば新しい、その世界にあった顔で生きる事が出来ます。そのモブ顔からも卒業できますね。

逆に転移であれば今の自分のまま、異世界へと向かえます。モブでもよければ……

どうなさいますか?
言われなくても自分の顔がモブなのはわかってるっつーの!

それよりチートはあるのか? 無いなら転生しかないが……

(常識的に考えて、今の肉体、知能で別の世界に行って活躍出来る気がしないからな。コイツからもそう言われたし)
モチのロンですよ!

ただし、私は女神見習いですからね。

あまり、大した能力は渡せませんが……

(モチのロンってこいつ……昭和かよ)
……チートは選べるのか?

それともそっちが決めるのか?

そこです! 本来はランダムなんですが! 私の初めて記念サービスで選ぶことが出来ます!
それはいいな!

どんな能力があるんだ?

そうですね……お勧めは、┃異能の衣嚢マジカルポケット《マジカルポケット》!
結構良さそうだな。

アイテムボックスみたいなものか?

いえいえ、なんと! 

ポケットを叩くと、中のものが二倍になる能力です!

お、いいじゃねーか!

レアなアイテムとかも増やせるんだろ?

俺はゲームとかでエリクサーとか最後まで使えないタイプなんだよなあ

……エリクサーは無理ですね。

二倍にはなりますけど、どちらも壊れちゃうので

じゃあ使えねーよ! 何で壊れるんだよ!

え? 例えばレアなナイフとか硬いものでもか?

もちろん真っ二つです!

よっ! 破壊神!

ポケットに入るサイズの物しか壊せない破壊神が居てたまるか!

その能力は却下だ! 他はないのか?

うーん……後は……┃停止する成長(ストップコマンド)
ん? それはどういった能力なんだ? 響きからは停止系の能力みたいだけど……?
その通りです! なんと! 髪の毛や爪の成長が止まる能力です
いらねーよ!

それが異世界で何の役に立つんだよ!


あ、そう言えば向かう異世界の説明をしていませんでしたね。

向こうは経済力がものを言う世界です。

金が無ければ、食事も服も寝る場所も手に入らないですからね。

異世界なのに、何だか夢も希望も無い……この世界と同じ気がするんだけど
こんな甘い世界じゃないですよ! いいですか? 向こうの人達はお金にとても弱いのです! どんなに強い人もその強さに見合うだけの金を渡されれば従ってしまうのです! なので、収入を増やし、支出を減らすのが異世界ハーレムの近道ですよ!
何で異世界ハーレムが目的になってんだよ……別に俺は……
あれれ? 女性はお嫌いですか?

なら、そんなあなたにお勧めの能力がありますよ!

いや、嫌いとかじゃなくてさ、ほら、なんつーか、鬱陶しいじゃん? 恋だの愛だのさー、くだらないっていうかー……
男性は慌てたように早口でまくしたてる。


支離滅裂な話だったが、少女は女は嫌いだと受け取った。

うんうん! 了解です!

そんなあなたにはこの、┃拒絶するモノ《バッドコミュニケーション》がお勧めです! なんと、女性を寄せ付けなくする能力です! 

更に! 今まで紹介した能力と同じように魔力消費なしで、常時発動の優れものですよー!

あ、あー! それはいいな!

でも、ほら、や、やっぱり異世界なんだし戦闘系がいいな。

全能力五倍とかないの?

うーん……あ、┃超越者(オールアップ)なら……
そういうのを待ってた!

いいじゃん、いいじゃん! やっと異世界チート感が出てきたよ!


もちろん能力は、全能力の強化です!

……ただ、強化の倍率は1.1倍なんですよねー……。しかも、向こうの人達はこっちの人達の十倍は強いですし

倍率低すぎるだろ!

それに向こうの人強すぎるだろうが!

でも、他はろくなの無さそうだしな……いや、待てよ……

男は少しの間考えると、急に顔を上げて言った。
五年、いや十年後にまた来る!
え? あ、ちょっと待ってくださいよー!
少女は追いかけるが、隙を突かれてしまったからか逃げられてしまった。
そして十年後……。
待たせたな
誰ですかあなたは?
我は十年前、お主に異世界転移を持ちかけられた者だ
いや、変わりすぎでしょ!

見た目も一人称も変わってるし、というか種族自体変わってませんか!?

そんな事はどうでもいい。

我は厳しい修行を行い、武術も魔法も極めた。

もはや、異世界など恐るるに足らん! 転移だ!

(この人異世界に行く必要あるんでしょうか……?)
あ、ですがもうチートは選べませんよ?

初回限定サービスでしたから。

ランダムになりますけどいいですね?

構わん。

出来ればもうこれ以上強くなる余地がないからな、超越者がいいが……例え異能の衣嚢でも何とかなるだろう

いやいや、アレは当たり能力なんですよ!?

確か私が始めて転移させた人がそれを選んで、異世界ハーレム作ってるんですから!

えーと……確か……

そう言うと少女は手を空間に突っ込み、引き抜く。


その手には手紙が握られていた。

そしてその手紙の内容は……
前略、女神様。

あなたに授かった能力のおかげで僕は、異世界でハーレムを形成する事が出来ました。

最初は何に使えるんだと思ったこの能力も、あることに気付いてからは最高の能力だと思うようになりました。

それは、鉱石や食物のように壊れても使えるものがあるということです。

レアな鉱石を見つけてからはもはや、ポケットを叩くだけでお金が増え、まさに打ち出の小槌だな、なんて思っています。

さて、僕のハーレムですがもちろん、美しいだけではありません。

強さもピカイチで、もはや護衛も彼女達だけにしているぐらいです。

僕の金を狙ってたびたび冒険者や盗賊なんかが襲ってきましたが、全て撃退してくれています。

最高級の暮らしに、最高級の女達、本当に感謝しています。

そこで、女神様も良かったら僕のハーレムに加わりませんか? きっと楽しいと思います。

では、色よい返事を期待しています。

……くだらん。

(あーーーーー! その手があったのかああああ! くっそ! 異世界ハーレムなんか作りやがって! 殺してやる! 向こうに行ったら必ず殺してやるううううう!)

でも、この人はこのハーレムパーティーで魔王を討伐して、キングなんて呼ばれて英雄扱いされているらしいですよ?

実際、ハーレムの女性達は向こうの世界でも最強の戦士や魔法使いですからねえ……。

今のあなたでもギリギリ勝てないかも……

興味ないな。早く転移を頼む。

(どうか異能の衣嚢か超越者でお願いします! ギリギリ勝てないなら1.1倍になれば勝てるはずだ! そしたら一人ずつ寝取って最後は……)

わっかりました! では行きます!

那由他に広がる可能性、そして無限に広がる普遍性を越え、彼の者に少しの奇跡を与えられん!

世界転移!

男性の体が足元からゆっくりと、光の粒子となって消えていく。


……。

(こういうのって一瞬でパシュッって感じじゃないの? 何か怖いんだけど)

あ、おめでとうございます!

あなたが望んだ能力のようですよ!

本当か!?

(ありがとう女神様! 向こうに行ってもあなたへの恩は忘れません!)

ええ! 拒絶するモノ……そう!

女性を寄せ付けない能力です!

ふっ……なるほどな。

(クッソ女神いいいいいいいいいい! ふざけんなよ! 女神なら心読もうよ! 察してよ!

俺だって男なんだから女性は大好きに決まってるだろうがああああああああ!)

男性はそのまま消失し、女神はいい仕事をしたと晴れやかな顔で額の汗をぬぐった。
絶望だ……
 異世界の草原で男は一人呟く。

 男なら誰もが夢見る異世界ハーレム。

 その夢が絶対に叶わなくなった男は絶望していた。

……仕方ない。もう異世界ハーレムは諦めよう。

だが、俺だけが不幸なんて許されるはずがない。

そうだ、まずは一番むかつくあいつを……

三日後、異世界の町は一つの話題で持ちきりだった。
号外! 号外! 遂にあの金愚が死んだ! 気になる詳細は買って読んでくんな!
 町の住人のほとんどが買った地球で言う新聞の見出しには、金だけの愚か者、金愚タカシ。たった一人の強盗に襲われ、殺される! ハーレム部隊の一人が詳細に証言! そんな見出しが踊っていた。
それにしても、あの豚が死んで本当によかったわー。

……でも、強盗は一人で良くあのハーレム部隊に勝てたわね

それがね、私が掴んだ情報によると……


誰一人近付く事もできなかったんだって

へー。不思議な話ね。

あのハーレム部隊でも近付く事もできないなんて、よっぽどの腕利きなのかしら

 人の噂も七十五日。

 各国にまで知れ渡ったタカシの死も、二ヶ月もする頃にはまた別の話題へと変化し、各国を巡っていた。


 その話題とは……


 全世界で男性の数が急速に減少しているということだ。約一千万人程だった男性の数が、すでに数百人となっている。各国はこれを新たな魔王の仕業と考え、各国の精鋭を魔王城に送り込んだ。


 しかし、

……もう、駄目だ。

なんなんだ、あの化け物は……

諦めないでよ……。

もうあんたしか男は居ないんだよ?

でもお前は近づけないし……俺はこのざまだ。

もう無理だろ……

 男のわき腹からは血が流れている。


 逃げ出す際に負った傷だ。回復魔法を使おうにも二人とも魔力は切れている。

賢明だな。諦めて楽になるといい
 二人が隠れていた森の一角に突然、声が響く。


 辺りはいつの間にか闇に包まれており、声の主の姿を見ることはできない。

……追いつかれたか
くっ! ファイアボ――
 女性はなんとか残された魔力で魔法を使おうとする。


 だが、

無駄だ
っきゃあああああ!
何者かが少し近付いただけで、女性は吹き飛ばされ、見当違いの場所に火球が飛んでいく。
……お前は一体何者なんだ……?
 息も絶え絶えの男性の質問に、何者かは闇を払い、その姿を現す。
我は……世界に絶望した者だ……
現れた男がそう答えた時には、すでに男性は事切れていた。
……これでもう、誰も異世界ハーレムなんて作れない。


 男は目を閉じると深く息を吸い込み、そして長く息を吐き出す。


 人類は後百年もすれば滅んでしまうだろう。男性が死に絶えた今、新たな命が生まれることはないのだから。


 絶望した男によって世界は滅亡を迎えるのだ。

……待てよ?

男は我一人に対して生き残っている女性は数万人はいるはずだ……。

つまり、今のこの状況は……

異世界ハーレムではないか!

それも最大規模の!

 世界規模のハーレムを作り上げた男は高らかに笑う。


 その笑い声はいつまでも続くだろう。


 そう……新たな男の転移者が現れるまでは。

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登場人物紹介

主人公。

普通の一般人。……今は。

見習い女神。

転移させる相手を血眼で探す女神見習い。

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