大好きな君へ

文字数 995文字

君は子供の頃から料理が得意だったよね。君のお父さんは早くに亡くなってしまったから、お母さんは君を育てるために朝から晩まで働いていた。だから君がいつもご飯を作っていたのを覚えているよ。僕は君が誇らしかった。遊びたい盛りなのに君は毎日お母さんのお手伝いが忙しくて、学校が終わったらまっすぐ家に帰ってきてね、大変だったよね。

大人になっても君は立派だった。就職して一人暮らしを始めて一生懸命に働いた。仕事で遅くなっても君はこの部屋に帰ってくると必ず小さなキッチンに立って自炊していたよね。
君の料理は職場や友人の間で話題になっていたからいつの間にか休みの日には君の部屋にご飯を食べにくる友達もたくさんいた。その時も僕は君が誇らしかった。みんな君の手料理が食べたいって言ってね。まるでみんなのおふくろさんのようだった。でも、その中にあいつがいたんだ。

やがてあいつは一人でこの部屋へ来るようになった。君はとても幸せそうだった。あいつのために一生懸命に料理を作ってね。
それだけに僕はあいつが許せなかった。外で何があったかは知らないけれど、あいつが君を悲しませたことを僕は知っていたから本当に許せなかった。
ある時からあいつは君の部屋に来ることはなくなったけれど君はこの小さなキッチンに立ち続けた。でも君が泣いてる姿を見るのは本当につらかったよ。
何かしてあげたかったけれど何にもできない自分があの時くらい不甲斐なく思えたことはなかった。またいつものあの明るい笑顔を見せてくれることを信じて君を見守ることしかできなかった。

それでも、君は立派だった。真面目に働いて、何かの勉強もしているようだった。毎日何かに向かって一生懸命に生きていた。いつも君には驚かされるよ、まったく。
やがて君に笑顔が戻ってきたことに僕は気が付いた。僕は後で知ったんだけど君は調理師の免許を取ったんだってね。本当に君は偉いよ。脱帽したよ。
僕は知らないけれど今では新しい彼氏もいるらしいじゃないか。ほっとしているよ。

僕は君のことが大好きだし、いつまでできるかわからないけれどこれからも君の役に立ちたいと心から思っている。
本当は今すぐにでも君のことを抱きしめて、ほめてあげたいんだ。
「君はよくやっているよ。立派だよ」って。でもそれはできない。だって僕は君がずっと使ってた年期の入った包丁なんだから……。
ちょっと悲しい現実だけど、しょうがないよね。
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