第一話 はじまり

文字数 3,036文字

プロローグ

私は昔、毎日のように入っていたバーチャル空間へ久しぶりに足を運んだ。
広崎文恵。大学一年生。高校まで自分を出さずに廃人状態だったけれど、遂に大学からこんな私を変えました。それは、バーチャルの世界のお陰・・
そのきっかけ・・あれはもう、三年前の事。地味で陰キャな私が、ありのままで居られた場所。
広崎文恵、いや、この世界では“春咲かのは”・・って名乗ってたっけ。
[ブロッサム・アワー]
私は二次元の世界を少し歩くと、小さくその看板が見えた。
「懐かしい・・思い出の、場所」
すでにここは立ち入り禁止になっていたけれど、形はそのまま残っていた。
私は少ししゃがみ込んで、耳をすませた。
不思議なことに、昔の声が聞こえる。
(ちょっと、このままで居てもいい?唄ちゃん・・)
私はそう言うと、いつのまにか眠りに落ちていた。

第一話 ブロッサムアワー
広崎文恵 高校一年生

私は人に話しかけるのが苦手だった。友達も居なかった。
高校の面談でも一言も喋れなかった。そのせいで第一志望校に受からなかった。
(あー、もう。私、駄目だ。頭の中では、ちゃんと言えるのに。兄弟には、ちゃんと喋れるのに。)
重い通学バッグを自分の部屋の机に下ろす。肩が随分凝っていたのか、ひりひりと痛い。
私はとりあえずベッドに横になる。
窓辺に置いてある、白百合の花の香りがする。
(ちょっと、落ち着く)
人に話すのが得意になりたい。だけれど、いざ話そうと思ったら喉が凍った感じで言葉が出なくなる。コミュ障、と言われるけど、実際私は人と話すのが好きだった。親にはお喋りさんって言われてたし、お父さんがまだ生きてた頃はずっと話が途絶える事が無かったってお母さん
に言われたくらい。だけど、他人となったらいきなり固まる。
「文恵~、帰ってきたの?ちょっと、来てくれる?」
お母さんの声がする。
「あ、うん。何」
私はベッドから立った。
いきなり立ったせいで、目眩がする。
(うわ、立ち眩みが今日は酷い)
五秒くらい休んで、私は、また歩きだした。
「ちょっと待って、今、行くから」
階段を少し早く降りる。私の家は階段が特に急だから、途中で落ちないように高校生の今でも気を付けなければならない。
「文恵。これ、なんか届いたわよ。大きいけど、文恵宛てだって」
「え」
私は目を見開く。
お母さんは、その大きな荷物で見えなかった。
そんなもの、注文した覚えなんか無い。
誰かからのプレゼント?でも、私はそんな友達も居ないし・・
「な、何これ。ちょっと、開けて良い」
「文恵の好きにして、でも母さんもちょっと見てみたいんだけど・・良い?」
「うん」
お母さんは段ボールを下ろす。
少なくとも、三歳児がすっぽり入るくらいの大きさだった。
上側にはマジックで大きく、「広崎文恵 宛!!」と大きく書いてあった。
「個人情報は・・」
ちょっと不振に思う。名前で住所ってすぐに特定されるし、配達中に誰かが見てたら・・
(まあいっか、誘拐とかされる程の美人でも無いし・・)
私はガッチリと貼ってあったガムテープを剥がす。
(かたい・・痛)
予想通り指が腫れて無残な事になっていた。
「うわ、手が・・これだから開けるの苦手なんだよね」
「あ、最後は母さんがやろっか?」
お母さんが言う。
「いや、良いよ」
私は最後のガムテープを剥がす。
そこで、ちょっと気づいた。
(これ、お母さんに見られたらやばい物とか入ってないよね?)
ちょっと不安になり、開ける前に手を止めた。
「これ、二階に運ぶよ」
「え、あ、うん」
お母さんは、少し気になっていたのかしょんぼりしていた。
大きいからと壁に当たらないように、慎重に運ぶ。
やっとの思いで、運ぶ事が出来た。
「はあ・・大変だった・・一体誰がこんなの・・」
独りになって少し安心し、中身を開けてみる。
「え・・」
開けた所に、「VR」と書いてある。
でもVRは高級で、五万から六万はする筈。
「こんな物、誰が!?もしかして、請求されるやつ!?そんなにお金、持ってないよ!!」
お母さんに聞こえない位の声で、私は叫んだ。
何となく小刻みに揺れながら、心の奥ではこんな変な事が起きるなんてと少し楽しい気持ちもあった。
「とりあえず・・出してみよ」
VRは結構重かった。当たり前だけれど。
「んっしょ・・重・・」
箱のデザインが近未来的で凄かった。
「貧乏な家の私が、こんなもの送られてくるなんて・・商品の行き違いかもしれないけれど、でっかく私の名前が書いてあるし・・開けてみよ!いい・・よね」
お母さんに見つかると良からぬ事が起きそうなので、自力で色々することにした。
すでに段ボールで荒れた手が、また少し荒れた。
「これだから箱を開けるのは・・」
私はそう言いかけて箱を開けると、目が眩む程凄い物ばかりだった。
「うわあ・・!!凄い!!これが新技術・・」
VRに入っていたのは、ゴーグルと、コントローラーと、説明書、その他もろもろ。
「わ~・・勝手に開けちゃったけど、いっか・・私宛だもんね」
かさっと音がした。
何か手紙があった。
まずい。
やっぱり、請求書だった?セールスっぽいやつ?もう開けちゃったのに・・
「手紙!誰が送ってきたの・・ちょっと怖い・・」
恐る恐る開けると、女の人の書く丸い字が見えた。
『広崎文恵ちゃんへ!アナタは、二次元の世界のブロッサムアワーに行く許可をもらった、百万人に一人です!おめでとう!このVRはタダであげるから、VRゴーグルをかぶって“ネットパーク”に行ってから[ブロッサムアワー]って呪文を唱えてね!じゃ、待ってるよ! 日向 唄より』
・・
「・・は!?」
頭の整理が追いつかない。だけれど、タダでもらえるという事は安心した。でも急すぎて。ブロッサムアワー・・?とか、ネットパーク・・とか、私の知らない言葉が連鎖・・とりあえず、1つずつ確認してみる。
「まず、私のもとにVRが送られてきた、いきなり。そして差出人は・・ひなた、うた?日向唄さんって人らしい。多分、女の子・・たぶん!」
そこまでは、何となく分かる。・・いや、これだけでもちょっとアレだけど!!
私は高校生なのに未だにパソコンでローマ字もちゃんと打てないような機械オンチなのに・・
私は開き直ってもう一回手紙を見る。
「ブロッサムアワーって・・何・・どこにも詳細が書いてない・・だけど、二次元の世界、らしい・・そして、なんかバカらしい百万人に一人って・・これ、悪徳企業じゃないよね・・?」
こんな私が百万人に一人とかあり得ない。多分全員に配って悪な事を・・
でも、この唄さんって人の字は悪気の無い字。私は生まれつき、そういう事が分かる。
「とりあえず・・ゴーグルかけてみよ・・」
私はゴーグル頭の大きさに合わせた。
(あ、以外と簡単)
辺りがゴーグルをかけて真っ暗になった。
(これから、何が・・)
私は電源さえも入れていないのに、すっかり夢中になっていた。
電源スイッチは明確に記されていた。私は手取り足取りでスイッチを押してみる。
『VR』
大きく出された文字は、立体感があった。下を見ても上を見ても、何か四次元っぽい世界が連なっている。
「な、何これ!!え!!!こんなに、技術はあるの!?」
興奮しきっていたところで、何かが見える。
『充電してください 残り1%』
「あ・・」
そして、電池は切れた。
「そうだった、充電しなきゃいけないんだった・・」
私はなんとも言えない気持ちになった。
しぶしぶ、二時間程充電を待った。
その間に、宿題をした。
いつもの憂鬱な宿題が、VRの事で頭がいっぱいだったのか楽しかった。









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