第1話

文字数 1,390文字

10年ほど前に直島を訪れた。草間彌生のかぼちゃの作品が有名なアートの島だ。島の一部地域には廃屋を作品として使う家プロジェクトというものがあった。家屋を一軒一軒回って見ていたところ,外に短い行列ができている南寺という建物があった。どうやら一度に入れる人数に制限があるらしい。他では順番待ちするような作品はなく,外からは中の様子も全くうかがえないので興味津々で最後尾に並び,待っていた。

順番が来て,その内部に入ってみると,そこは完全な暗闇の世界だった。自分の足元も全く見えない漆黒の空間。案内の人に従い,手で壁をつたって進んでいき,座るように指示された。座る場所も見えないので,手で場所を確かめながらゆっくり腰掛ける。まるで目を閉じているかのように何も見えない。
「そのまま前を見ていてください」

どれくらいの時間が経っただろう。じっと座って待っていると,前方にうっすらと光が透けてきた。四角い光のスクリーン。さっきまでは何も見えなかったのに。近づいて行ってみると光で満たされた空間であった。
初めから,その光はあったのだという。手探りでなければ進めないくらい真っ暗な世界だったのに。どんなに目を凝らしても何も見えなかったのに。本当は最初から光はあったのだった。少しずつ目が慣れてきて,見えるようになった。光を発見する体験というアート。

時間をかけて,ただ光が見えてくるのを静かに待つ。この体験をした時,過去のあるときが思い起された。何をやってもうまくいかず,努力が一切結果に結びつかずにもがいていた時期のことを。一生懸命やっているのに少しも状況は好転せず,全て裏目に出てしまう。当時の私は若さもあり,人生の出来事は自分でコントロールできるものだと思っていたし,努力は実を結ぶものだとも思っていた。だからこそ思うままにならない状況は努力不足なのだと思って自分を責め,つらい状況を自分自身でより苦しいものにしていた。自分では様々な策を講じてみたけれど,そのことによって状況を改善することはできなかった。結局のところどうやって抜け出したのか今でも分からない。けれど,今,その過去は過ぎたものとなっている。

人にはただ暗闇を堪えるしかない時期もあるのだ。暗闇から無理に抜け出そうとして動き回っても,転んだりぶつかったりしてけがをしてしまう。ただ堪えて道が見えてくるのを待つしかないとき。本当は光はあるのだけれど,待たなければ見えてこない。自分でできる限りのことをしたのであれば,あとはその時を受け入れて静かに待つしかないときがあるのだ。

努力でははるか及ばず,ただ堪えなければいけない。今もまさにそんな状況であろう。しかも1年以上も続いている。先が見えない。自分は一生懸命対策をして,ほとんど外にも出ずに過ごしているのに勝手な行動をしている人がいるからなかなか改善されないのではないか。効果的な対策をやってこなかった国が悪いのではないか・・・。様々な思いがめぐり,生活にも大きく影響し,他人や自分を責める気持ちを持つようなときもあるだろう。でも,どんな出来事も必ずいつかは過去になる。今の状況が永遠に続くことはあり得ない。先が見えないように思うけれど,まだ見えていないだけできっと光はあるのだと信じたい。南寺で,恐怖を感じるほどの暗闇の中でも光をとらえることができたように。いつかきっと光は見えてくる。
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