第1話

文字数 997文字

ボクは君が笑ってくれるだけで幸せだったよ。

君はいつも家にいるようなおとなしい子供だったね。
1階のリビングでいつも絵を描いてた。
庭に面した大きな窓のカーテンを開けて絵を描いてたね。
庭の向こうには道路をまたいで公園があったんだ。
そこからやって来る彼を真っ先に見つけられるように、カーテンを開けてた。
そんなことしなくても大丈夫なのに。
だって彼は君のことが大好きで、公園についたとたん、君の名前を大声で叫びながら走ってくるんだ。
君はそれに気づくと、いつも笑いながら手を振り返してた。
満面の笑顔で。

ボクがそれに妬いていたのを君は知らなかっただろうな。

それからふたりは学校の宿題をしたり、絵を描いたり。
いつも二人で遊んでた。
そこには笑顔が溢れ、君はとても幸せそうだったよ。
けれどいつしか、彼は君に会えなくなっていったんだ。
おばあちゃんの家に引っ越す準備のため、君はよく家を空けるようになったから。
そしていつしか彼も、お父さんの仕事の都合で海外に行ったんだ。

あれから12年。
19才になった彼が不意に訪ねてきた。
君のご両親は喜んでいた。
彼は大人になった笑顔で、君のことを話すんだ。
君のご両親は少し切なげだった。
けれど彼が話す君との思い出を、まるで大事な宝物をまた見つけたようななんとも言えない表情で聞くんだ。
そしてどれぐらいの時間が経っただろうか。
思い出話が終わる頃、彼は……一筋の涙を流した。

ボクはその理由を知っている。

だって君は、ボクの目の前で亡くなったから。

君はおばあちゃんちになんて引っ越してなかった。
病気の治療のため入院したんだ。
治せない病気だった。
だから君は、大好きな彼にそんな姿を見られたくなくて、そのまま消えた。
君は知ってたんだ、もう治らないってことを…
そしていくつかの季節が過ぎ秋が巡る頃、君は家に帰ってきた。
それからどれぐらい経ったかな。

「お母さん窓開けて。お庭が見たい」

「……治療がんばったんだよ。どうしても最後に見たかったから」

「満開だね」

「いい匂い。世界で一番大好きな匂いだよ、金木犀」

ボクは最後に君の笑顔を見ることができた。
それだけで幸せだったよ。

だから思うんだ。
君たちをずっとここから見つめてきたから。

少年よ。
彼のこれからの人生に笑顔があふれますように。





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