第1話

文字数 606文字


課題文学賞。そういえば、月末が締め切りだったっけ。
日々の流れるような時間に身を置いていたら、一日を丁寧になんて生きられなかった。
趣味の物書き。
コンテストに参加したいなと思いながら、それすらも記憶の片隅に居たのだ。
ああ、今になって欲しい世界が見えてるけど、遅かったかな。
立ち止まって周りを見渡し、記憶を呼び戻す。
食事会や飲み会。週末に何か作ろうと買ってきた野菜なんかは、まだ使えるだろうか。
そういえば、最近何を食べながら仕事をしていたか。

とても残念な気持ちが、私を襲う。
もう過去は取り戻せない。

一番連絡を寄越していた友人に、ふと元気かと当たり障りのない事を尋ねる。
「お前こそもう山場は超えたのか?」
すぐに届いた返信に、少し心が躍る。

会いたくなった。
少しの会話をしながら、ああ、私は人に飢えていると実感する。
ずっと続いていた孤独な闘い。
戦地に赴いた戦士のような日々
終わったんだ、ようやく。

そうなればいまは凱旋。
街へ戻り、仲間と再会し、盃を交わさなければ!
こうしなければという、仕事人間の私らしい考えだ。

外食でもなんでもいい、今から部屋を片付けて誰かを呼んでもいい。
海で捕れた魚、自然の恵み。
そういった無機物ではないものを、親しい友人と分かち合いたい。
食という基本的な人間らしい事、それを疎遠になりかけていた友人と。
今夜は凱旋パーティーといこうじゃないか。

いつだってやや大げさな方が、恰好がつくものだ。


【完】
乙葉 きく
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