華はシンデレラになれない

文字数 1,978文字


華はあまり賢い女性ではなかった。
でもその丸くきょろきょろと動く黒い目で人を見た。
華は人をよく観察する。
特に男性の身につけているものに興味がある。
この時計はいいものだわ。
このネクタイはブランドものね。
スーツはオーダーメイドかしら?
そうやって人を選んで、お酒の席で話をした。

しなやかに、甘く、色っぽい仕草を、華は心得ている。
華は決して美人ではないが、醜いわけでもなかった。
どこにでもいるような、24歳の女性だった。
しかし華は男性を惑わすメイクの仕方、しゃべり方を知っていた。
美人ではないのに、モテる人というのがこの世にはいる。
華はそのような人種であり、そして今の生活に満足していない人でもあった。

彼女は幼い頃、父と母が離婚をしてから母子家庭で育った。
着る服は限られていて、食べ物も月に一度お肉が食べられればいい方だった。
母は病弱で、あまりいい仕事に就けなかった。
それでも働く母を、華はずっと見ていた。
そして父への憎しみを持つようになる。
こんなに体の弱い母を、どうして父は捨てたのだろう。
華にとって父は憎しみの対象でしかなかった。
そうして育っていくうちに、男へも憎しみのようなものを持つようになった。
男を利用してやろう。
華は大人になってから、そう決意した。

男を惑わす術は全て水商売の経験のある友人に教わった。
男はこのようなメイクの女性を好む。
男はこのような服を着た女性を好む。
男はこのような仕草の女性に落ちる。
基本的なことを教わった華は魔性の女へと変化していった。

彼女は金持ちと結婚することを望んだ。
そして年上の男性を選ぶ。
はなから未亡人になろうと決めているからだ。
華は毎日東京の高級繁華街で男たちと食事をした。
その席には華の同僚や友人も含まれているが、決して華より魅力的な女性はいなかった。
華は女性も選ぶ。
自分よりきらびやかな人は、絶対食事に誘わない。
男を虜にするためには、自分が一番魅力的でなくてはならないからだ。

華は大手企業に勤めていたが、
それに満足などしていなかった。
金持ちと結婚して、シンデレラのように玉の輿に乗ることしか頭にない。
華にとってシンデレラは玉の輿にしか見えなかった。

華は会社の人間に興味がなかった。
私はもっと高みに行く。
男を利用して。
そう思っているものだから、自分の給料くらいの人間に興味がないのだ。
しかし最近、社内で妙な男が話しかけてくる。

彼はオフィスのムードメーカーだった。
仕事もできるが、人を楽しませることも得意だ。
名前は誠人と言う。
誠人は人と接することが大好きで、人を笑わせるのが自分の役割だと信じていた。
だから、オフィスではあまり笑わない華を笑わそうと必死だった。

華はそんな誠人を嫌った。
そのような男性には興味が湧かなかった。
それよりも夜の食事会のことで頭がいっぱいだった。
華はいつも誠人を軽くあしらった。

しかし、ある日華はある狙いを定めていた男性から縁を切られてしまった。
もう結婚した。
妻が妊娠中なので連絡は取れない。
今後も連絡を取る気はない、と。
その男性は大きな会社を経営し、別荘や骨董品をいくつも持っていた。
身なりだってきらびやかだった。
時計は何百万円もしたし、
スーツもネクタイもいつも違ったブランドを着ていた。
しかしその男性には恋人がいたらしく、華は捨てられたも同然だった。

華は家に帰ると、泣こうかと思った。
しかし、泣いたらもっと惨めな思いをするに違いない。
しかし、悲しい。
どうすればいいかわからなかった。
ふと、誠人のことが頭に浮かんだ。
あいつなら笑わせてくれるだろうか。
電話番号なら知っている。

彼女は携帯から誠人に電話をかけた。


「私、華」

「君は笑わせるのは得意でしょ?」

「じゃあ、笑わせてくれない?」

しかし、誠人は黙った。
そして、



華にそう告げた。

「震えてなんかない」

「……わかった。正直言うと、悲しいことがあった」

「泣かないよ。泣いたら惨めじゃない。だから私を笑わせて」

「あなたは悲しいと泣くの?男なのに?」

「女みたいね」

「泣いてないわよ」


華は知らないうちに涙を流していた。
ぽたり、ぽたりと、朝露のように雫が落ちる。
華を泣かせた男は誠人が初めてだった。
華はそのとき、気づいた。
何故誠人をそんなに嫌いだったのか。
好きになりそうだったからだ。
男を利用してやろうと思っている自分が、
あの笑顔がきらきらした、誠人を好きになりそうだったから。

「ねぇ、君に言いたいことがあるの」

「また今度話す。元気が出たら、」

その時に、
華は誠人に好きと言うだろう。


おわり。





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