オアシスにて

文字数 1,063文字

生き物の住めない熱い熱い砂漠をこえたところに、その国はある。
美しい湧き水とたわわな果実、めずらしい宝石と勤勉な国民。
その国に行けば両手にあまる宝物が手に入ると、たくさんの人が砂漠を旅した。

だが、多くの人が砂漠で命を落とし、その国にたどりつけるのはほんの少しの人だけだった。
旅人たちは疲れきり、砂漠をおそれ、帰れなくなった。
余るほどの果物があるこの国にいれば飢えて死ぬことはない。帰る気を失った旅人たちは働きもせず、ただ日をすごした。

サラのスープ屋は、そんな砂漠の国の真ん中、湧き水の噴水のそばにある。
「世界一おいしいスープが飲める」と国じゅうの人がほめたたえる店だ。
サラの店にメニューはない。
客がやってきて席につくと、サラはじっと客の顔を見つめる。そして厨房に入り、ことことと湯をたいて、ひと椀のスープを運んでくる。
ある人にはかぼちゃスープ、ある人にはクコの実スープ、ある人にはハミウリの冷たいスープを。
客はみな口をそろえて言う。

「ああ、このスープは世界一だ」

ある日、サラの店に男がやってきた。
ヒゲはぼうぼう、服はぼろぼろ。何年も前に砂漠を越え、いつも噴水のそばに寝転がっている男だった。
客はみな黙りこくり、迷惑そうに男をながめた。
男が席につくとサラは男に話しかけた。

「うちはスープしかないよ」

男はだまってうなずいた。
サラはじっと男の顔を見つめると、厨房に入って行った。
ことこと火をたく音がして、しばらくするとサラが椀を運んできた。

客はみな、興味しんしんで椀の中をのぞきこんで仰天した。
椀の中にはただの透明な湯が入っていただけだったから。
サラは椀を男の前に置いた。
椀からはふわりと湯気が上がっている。
男は黙って椀の中身を見つめた。
客たちも男の後ろから覗きこんだ。

湯気がゆらりと大きく揺れたとき、椀の中に年老いた女の顔がうつった。
老女の青い瞳は、男の目とよく似ていた。男は黙って椀の中を見つめ続けた。
ぽたり。男の目から涙がこぼれ、椀の中に落ちた。
湯にうつった女の顔がくしゃっと泣いたようにゆがんだ。

椀の中身が冷めたころには、老女の顔は消えていた。
男はだまったまま湯を飲み干し、静かに立ち上がった。

「最高のスープをありがとう」

「またいつでもおいで。待ってるよ」

「いや、もう来ることはないだろう。私は砂漠をこえて国に帰るのだから」

男は微笑むと店を出て行った。
サラはいつもどおり、椀を片付けた。
全てを見ていた客たちは、それぞれのスープを飲み干して、それぞれに腰をあげて、それぞれの家庭に帰っていった。
世界一のスープは明日もここにある。
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