第3話
文字数 664文字
「実は今日、上川さんのコンサートに来たのは3年ぶりだったんです」
「えっ、そうなんですか?」
「僕は今日、上川さんの3年ぶりに聞いて、確信しました。
やっぱりあの人はすごい。でも、もしかして追いつけるかもしれないっていう、射程圏内に
入れてきたような気がするんです。
こんなことを言うと、あいつはまた調子に乗っているといわれそうですが、そうじゃないんです。
自分も成長してきて、あこがれの人との距離を正確につかめるようになった。
そして、そのことを確信したんです。決して、いきがって言っているんじゃない」
私は改めて、KY男こと平田さんを眺めてみた。
平田さんのサイズ感はちょうど私と同じくらいだ。
近くにあこがれの人がいてて、でも、追いつけない…
なんとかそれでも、自分自身と折り合いをつけようとするサイズ感。
机の上に軽く置いている手は、ピアニストらしい細くてしなやかな指をしていた。
その指に触れてみたいと思っている自分に気づいてしまった。
上川さんほど、美男子ではないけれど…
上川さんほど、孤高の存在ではないけれど…
私は平田さんに惹かれ始めていた。
そして、別れ際、連絡先を交換してデートの約束をした。
どう? これが私の恋の顛末。
不純な動機で知り合った私たちをわらう?
それとも、ようやく実った恋を祝福してくれる?
平田さんと一緒なら、何があっても、やっていける…というのはまだ、早すぎる?
平田さんがすごいピアニストになって、私を見捨てたらどうする?
わからないことだらけだけど、一つだけ、確実に言えることがある。
人生はやっぱり捨てたもんじゃないってこと。