第1話

文字数 1,554文字

遠くまで続く道
じっとりと汗が頬をつたい、体中に血が巡るのを感じる。
確かに俺は今、生きていて、果てしなく続く道の上を歩いている。

ロードバイクを押しながら、ゆっくり路肩に止めて、辺りを見渡す。
周りに建物なんか、ひとつもないや。ただ広く、広く、果てしなく。

不甲斐ない自分を変えたくて、日常から逃げたくて、俺はここにやってきた。
アラスカ州プルドー湾から、中央アメリカをつらぬき、パナマまで続くこの道。

自分に試練を与えたくて、俺は飛行機に乗った。必ずこの道を最後まで走り抜けたくて。
想像以上につらい。けれど、車でも6日はかかると言われているこの道の終わりが見てみたい。

「何日、かかるだろうなぁ」
走り続けてもう三回、夜を迎えた。満天の星空、大きな月、時折強く吹く風。
野生の動物も見た。助けなんか来ない。少し、身の危険を感じたりもした。
今日、この四回目の夜に、俺は少しだけこの道は人生そのものなんじゃないかと、そう思った。

狭い日本でも、気づく事は沢山あるけれど、こうして言葉の通じない国に来て、それは本当に別世界の景色で。
この旅が終わっても、俺はきっと大きくは変われないだろうけど、人生に少し気づき始めた。

何十年と果てないけれど、やがて終わりがきて、みんな死んでゆく。
死んだら生まれ変わり、また生をうけるのか。それとも魂が彷徨うのか。
この道は、年齢に例えるともう50歳くらいまで、進んだだろうか?

そう考えると、あっという間だ。なんて早いんだ。命が終わるのは。
俺はちゃんと、やりたい事をやらないと。そして友人やそれから…連れ添ってくれる恋人だって欲しい。
結婚だってしたい。子供も欲しい。このまま生涯を一人で終えていくなんて、そんなの嫌だ。

ふと、焦りだす。
この道が、人生の縮図のように思えてきて、その短さに焦りだす。

思えばこうして大人になったのも、あっという間だった。
勉強は嫌いだったけれど、学生時代がとても貴重で二度と戻らないと知ったのも、社会に出てからだ。
そうやって、後悔を残したまま生きてきた。

恋愛だって、男が追いかけるなんてダサい。なんて決め付けて、まだ好きなのに、離れていく背中を見送ってきた。
俺は本当にバカで子供で、きっと沢山傷つけてしまっていただろう。
追いかける道が正解だったんだ。なんて、今更思う。

波のように色々な後悔が押し寄せる。きっと今夜は眠れない。
だからこそ、なんだ。俺はこの道を最後まで走り抜けて、ゴールへとたどり着きたい。
こんな思いは自己満足なのも、解っている。罪滅ぼしにすらならない。

それでも走り出した気持ちに終止符を打たなければ、終わりを見なければ、俺はまた同じ事を繰り返してしまう。

ここに来た意味をちゃんと見つけて、俺は日本に帰りたい。
必ず何かを学んで、帰りたい。

俺はもしかして、少しずつ考え方が変わって行っているのか?
まだまだ道の途中だけれど、そんな気がして少し、嬉しくなる。
俺はこうありたい、こうしたい!と云う、頭の中にある考えを、誰かに話したくてたまらない。

「早く、早く行かなくちゃ」

真夜中なのに、ロードバイクで走り出す。
この旅の、物語の結末を作るのは、俺なんだ。この人生の主人公も、俺なんだ。
他の誰でもない、俺だけの物語なんだ!
人生は短い。俺はもう散々ゆっくり生きてきたから、今は走りたいんだ!

上り坂があれば、ゆっくり行けばいい。下り坂なら、スピードを上げればいい。
そんな風に上手く歩いていけるんだ!人生は。
一緒に手を取り合って、生きていけるんだ、誰だって。
モヤモヤした思いは、ちっぽけなモノだった。俺は悩んで足を止めていたんだ。

これからの俺は、後悔しないように生きて生きていく。強く、そう思った。
まだまだ道は続くけれど、必ず終わりがあり、俺はそこへ向かうだけ。
そう、それが人生なんだ。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み