第1話

文字数 1,900文字

どうしてそういう状況になったのか?
何故その選択をしたのか?
今でもよくわからない。

――小学5年か6年のころ。
放課後、地元の駅前で友人と出会った。

私は自転車、友人は徒歩。
見ると、友人は両手でカップ焼きそばを大事そうに持っていた。
ペヤング。

友人「これ、そこのコンビニで買って。今から食べるんだ」
すでにお湯の入った状態のペヤング。
『すぐ、そこ サンクス♪』のコンビニで買って、お湯も入れたらしい。
(このサンクスは現在、ファミマになっている)

たまたま出会った私と友人は、おしゃべりを始めた。
他愛無い話をしたのだと思う。

私「それ、そろそろ3分たったんじゃない?」
友人が手に持つペヤングを指さす。

友人「あっ。麺のびちゃう。食べないと」
友人と私は駅前のロータリーの端っこへと移動した。

自転車のスタンドをおろす。
私が自転車を停めている間、友人は排水溝を見つけてお湯切りをしていた。

お湯切りを終えた友人が私のもとに来る。
と、友人が私にペヤングを差し出してきた。
友人「これ、ちょっと持っててくれない?」

私がペヤングを預かると、友人は手首にかけたビニール袋からソースの小袋を取り出した。
湯気のあがる麺にソースをかけていく。

友人「青のりとスパイスは……」
友人がビニール袋をゴソゴソしている。

『どうして俺は、友人のペヤングが出来上がるのを、わざわざ両手に持ってあげて突っ立っているんだろう』
私の中の悪魔が囁いた。

私「これ、ちょっとここに置くね」
友人のペヤングを、そばに停めた自転車のサドルにのせた。

友人「えっ?」
私「ほら。ここなら安定するから」
友人「(ビニールに入れた青のりを探しながら)ああ、うん」
私「…………………」

ようやくビニールの中から小袋を見つけた友人が、サドルの上のペヤングに青のりとスパイスを振りかけていく。
その瞬間だった。
私の自転車が揺れた。

風の影響か、私の手が当たったのか、自転車が揺れた原因は覚えていない。
友人のペヤングが宙を舞い、地面に落ちた。

「秒速5センチメートルなんだって。ペヤングの青のりの落ちるスピード」

新海誠のアニメみたいなセリフは、出てこなかった。
(これは1998年~1999年の話だし。『秒速5センチメートル』は2007年に公開)

アスファルトの上に、ペヤングの麺が広がる。
まだ色づいていない麺は、部分部分に粉のソースと青のりをまとっていた。

友人「…………………」
私「…………………」
地面のペヤングを見つめる二人。

『おれが、俺がペヤングを自転車のサドルにのせたせい、か?』

友人「…………………」
私「あの、その、ごめん!こんなとこのっけたから!」
友人「…………………」
私「あの、俺……サンクスでペヤング買ってくるよ!」

地面に落ちたペヤングの麺。
友人はひっくり返った容器を拾い、麺をもとの場所に戻している。

私「今お金ないから、一旦ウチ帰らないとだけど」
友人「…………………」
私「お金とって、サンクスでペヤング買って戻ってくるから!」
友人「……いい」
私「お湯入れたやつ、持ってくるから!ちょっとだけ待っててよ!」
友人「……もう、いい」

私「えっ?」
友人「買ってこなくて、いい」
私「……でも」
友人「もう、いいから」
私「…………………」
友人「……これ、捨ててくる」

友人が、とぼとぼと歩きだす。
数分前にペヤングを買って、お湯を入れた場所へ向かう。
私はどうしたらいいのかわからないまま、友人とともにサンクスへ。

地面に落ちてダメになったペヤング。
ビニールに入れたそれを、コンビニの前のごみ箱へ入れる友人。
私は何も言うことができずに、ただ横で見ていた。

友人「……じゃあ、またね」
私「あ、うん。また、明日」

友人が再びペヤングを買うことはなかった。
申し訳なさと許しを得られていないモヤモヤを抱えたまま、私は友人と別れた。

覆水盆に返らず。
当時11~12才の私は、そんな諺を知らない。

お小遣いからペヤングを買って、ポットでお湯を入れて、ようやく食べられるはずだったペヤング。
食べる前のワクワク、想像する味。
それらをひっくるめた友人のペヤングはもう、今さら買い直しても取り戻せるものではない。
世界に一つだけのペヤング。
私はそれを、台無しにしてしまった。

覆ペヤング容器に返らず。
身をもって知った諺は、中々忘れることがない。

――ペヤングが宙を舞った、あの出来事の翌日。
友人は何のわだかまりも感じさせず、私に接してくれた。
怒ったり、無視したり、文句を言ってもよかったと思う。
単なる笑い話として受け入れてくれた友人に、度量の大きさを感じた。

落ちたペヤングはもとに戻らないこと。
それと一緒に、友人は大切なことを学ばせてくれた気がする。
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