人間失格、またイントロからどうぞ。

文字数 1,091文字

安藤夕夏は寡黙であった。
私には彼女以外に友と呼ぶべき人物が居なかった__残念ながら。 しかし、彼女もまた私以外に友と呼ぶべき人物が居なかった為、私と彼女はどちらからとも無く隣で歩くようになったのだ。
しつこいようだが、彼女は寡黙である。 生憎私は一人で喋るような趣味は持ち合わせて居なかった為、必然的に私も黙り込む。その為、私達は何を話す訳でも無く並んで歩くのだ。 最も長く話したのは、恐らく妙な噂を流されたあの時だろう。
私と彼女がやけに二人で居たのが気に入らなかったのだろうか、教室でいつも人の悪口を並べているような連中が私達が恋愛関係にある、というあらぬ誤解をし、それを広めたのだ。
無論、いつも異性同士の二人が並んで歩いていたら、そう誤解するのに無理はないだろう。 だが、それを広めるというのは如何なものだろうか。
どうもその人々の趣向は私のちっぽけな脳味噌では理解できる範疇に無かったようだ。 まあ、私の脳味噌の話などどうでも良い。大きかろうが小さかろうが人より少々出来が悪いという事以外は特にこれといった特徴は無いのだから。
ともかく、私は彼女にその噂についてどう言った見解を持っているかを聞くと彼女はこう応えた。
「彼女らが私達の事をどう誤解していようと関係ありません、私達は只の友達に過ぎないのですから」と__ その返答も些か寂しいものだ、と思った私は、やはり彼女、安藤夕夏に恋心を抱いていたのだ。
また、彼女はいつも片方の耳にイヤホンジャックを付けていた。彼女が何の音楽を聴いていたのかなどは私には想像も付かなかったが、とにかく最早身体の一部にでもなったかのように肌身離さず付けているのだ。私はその内イヤホンジャックが外れなくなるのでは、などと言う無駄な心配をしたがそんな漫画のような話は現実に起こるはずがないのである。
彼女が音楽を聴き始めると、私は特にすることも無いので読みかけの小説を開く。 これだけは声を大にして言わせて頂くが、彼女と居るのが楽しくない訳ではないのだ__断じて。
しかし暫くすると、私は無意識に彼女をボーッと見つめているのだ。 彼女はそれに気付くと嫌がる素振りも見せず__心の中では嫌がっているのかもしれないがそれは無いと信じていたい__顔に手をやるのだ。 「私の顔に何か付いているんでしょうか」とでも言うように。
私はそれでも見つめ続けるような勇気は持ち合わせて居ないし、変態だと思われたくは無いので目を逸らす。
私と彼女は、ただそれ以上でもなく以下でもない、本当にそれだけの関係だったのだ。
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