Baby don’t cry

文字数 1,962文字

 車も人も通っていない。屋根のない吹きさらしの、朝方の市電の停留所のひとつで少女がひとりうつむき、小雨に濡れながら始発が来るのを待っている。
少女は気を緩めたらすぐ泣き出しそうだったがぐっと奥歯を噛みしめて耐えていた。
「あたしはかわいそうなんかじゃない…」

⭐︎
2000年夏、16歳のアイは郊外の自宅を夕方出発し電車と市電を乗り継ぎ40分かけ市内唯一の歓楽街へ繰り出していた。
雨が今にも降りそうな空だったが傘は持たずに出た。
郊外の高校に通うアイは毎週末、ミニスカをはき化粧をして街に繰り出し高校で初めてできた友達の椎原と朝まで遊んでいた。椎原とプリクラをとりカラオケに行き年齢を誤魔化して安い居酒屋で飲んだりする程度だったがアイにとっては充分刺激的だった。椎原といると楽しかった。一緒にいてまったく飽きなかった。
繁華街でナンパされるのも楽しみのひとつだったがアイにというより椎原がいつもナンパされてついでに横にいるアイも誘われるかんじだった。
ナンパされても危険な個室の居酒屋やカラオケには絶対ついていかなかったし連絡先を交換しても二度と会うことはなかった。
ナンパされる時は椎原が乗り気じゃない時はすぐわかるためすぐさま表情をキャッチし剥がしの役目はアイがやった。
「ごめんなさいこのあと約束あるので」
と、立ち去るアイの背中越しに「誘ってんのはお前じゃねーよ」と捨て台詞を言われたこともあるがまだそれはいいほうでアイなんかまるで横にいないかのように椎原だけに声をかけてくるナンパも数多かったが、惨めになるどころか美人な椎原と一緒にいられる自分が誇らしかった。

⭐︎
椎原とアイは夜の繁華街で遊んで、時計は深夜を回っていた。

「ねぇキミらもう帰るん?
家どのへん?送っていくよ。」
人がまばらになった繁華街で20代後半の二人組に声をかけられた。
普段バイトをしていたが深夜に自宅まで帰る為にタクシー代をだせるほど財布は潤ってはいない。
その日は椎原と二人で居酒屋の後に行ったカラオケの店前で電車が動く朝まで、どこで時間を潰すか算段中だった。みたところ椎原は嫌な態度をとっていない。

「遠いから大丈夫ー」
「え?どのへん?いいよ送るよ」
「〇〇だよー」
「まじ?!おれんち〇〇の隣!
近いじゃんすげぇ偶然。」

「へーよかったじゃん
知り合いみたいだしいいじゃんアイ送ってもらいなよ」

「え?でも…
椎原は?」

「あー、
あたしはいい。
彼氏に迎え来てもらうから」
椎原に彼氏はいなかった。

「信じていいよ、俺たちは無害だよ(笑)」

「…うーん、じゃあそうしようかな。
椎原またね。明日電話するー」

「うん、ばいばい。」

⭐︎
停留所で雨に濡れたまま市電を待つアイは誰か近づいてくる気配を感じたがそちらを向かず下を向いたまま、でも全神経を近づいてくる相手に向けていた。
「これあげる」
アイが声のするほうへ顔を向けると、
50代くらいの男がアイの目の前に傘を差し出している。
アイが黙っていると、
「これあげる。キミかわいそうだもん。」
男は言った。

かわいそう?
アイは男に気づかれないようにひとり苦笑した。アイは先ほど、会ったばかりの男達に送ってもらうはずが車に入った途端3Pを強要させられ危うく処女を知らない男達に奪われるとこだった。
車内で泣き喚きそんなつもりじゃなかったすみません家に帰りたいと何度も何度も詫びた。
「うるせぇなやる気失せた。車降りろ」
そうしてアイは土砂降りの外に放り出されていた。

⭐︎
「あのビルの三階に事務所が入っていて夜中仕事してたらたまたま窓から君が見えて…」
そう言った男はアイを憐れんだ目で見ていた。アイはひどく疲れていた。

「…こんど返しに来ます」

「いらないよ。きみにあげるよ」
そう言って傘を壁際に置き、男はビルに戻っていった。

⭐︎
高二になってクラスが離れた椎原は別のグループで楽しそうにしていた。
学校の廊下ですれ違っても目も合わさなくなっていた。
アイは夜遊びにまったく行かなくなり友達もいないため学校とバイトの日々を送っている。
最近アイは自分はビニール傘みたいだなと思っていた。椎原にとって必要なとき以外は邪魔な存在。どこかに忘れてきても気にしない次の雨には別の傘を用意するだけ。
椎原はおそらくあの夜のだいぶ以前からもう心はアイから離れていたと思う。いつからだろうか。いくら考えてもアイにはわからなかった。
あの日、始発で自宅に帰ってすぐ椎原に電話であの男達のことを話したが椎原は素っ気なかった。ショックだった。椎原が自分に対して冷たかったことが男達に騙され道に捨てられたことより何倍も傷ついた。
「知らないやつの車に乗るほうが悪いんじゃない?」
罵られて電話は切られた。

それからはバイトを増やし給料は買い食いに消えていき体重はどんどん増えていった。
アイはもうすぐ17歳になる。



 





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