〈完結〉第1話

文字数 1,267文字

小さなとき、母は仕事でいつもいなかった。

母は父と大恋愛をして結婚して、私が生まれてすぐ離婚した。
シングルマザーになった母は、仕事で忙しいからと、祖父母の家や叔母の家に私を預けた。

「ママは、ユミちゃんのためにお仕事頑張ってるからね。」

そのうち、仕事がある日も休みの日も、いつの間にか母と過ごす時間はほとんどなくなり、私は祖父母や叔母の家を行ったりきたりするようになっていった。

たまに会う母は、「良かったね。ユミちゃんはみんながいてくれて。困ったことがあったら言ってね。」と、お化粧をキレイにして、笑顔でどこかへ出かけていく。何度、そうやって母の背中を見送ってきただろう。遠くに見える母と、次に会えるのはいつになるのだろう。


何も困っていない。


ご飯は祖父母や叔母が作ってくれるし、お風呂も入れてもらえる。 
勉強も教えてくれるし、絵本も読んでもらう。
遠足の時はお弁当を作ってくれるし、参観日も来てくれる。
祖父母や叔母がいてくれるから、母がいなくても、何も、困ってはいない。
誕生日にだって、ケーキのろうそくを消す時はひとりではない。
困ってはいないはずなのに、

何かが

足りない。






ピンポーンとチャイムが鳴った。
宅配便が届く時間だ。
夕飯の支度をやめて急いで玄関に向かう。年に数回、夫の実家から段ボール箱が届くのだ。

お米とか、乾麺とか、お菓子や季節の果物や、ぎっしり詰まった箱を開けるのを、私はいつも楽しみにしている。

「また美味しいふりかけも届いてるよー。」

箱を一番最初に開けるのはいつも私だ。

「また〜?飽きちゃったよ。」と、さっきまで父親の顔していた夫が、少年のようなはにかむ笑顔をみせる。

私にはそれが羨ましくてたまらない。

この、鬱陶しそうにする様子が。

夫の真似をするように、近所に果物をお裾分けするときは、私はちょっと困った顔をして、「実家から食べきれないくらい届いちゃって。」と言うのがお決まりだ。



「ユミちゃん、寒くなってきましたね。
子供達に、可愛い靴下を見つけました。良かったら使ってね。それから、喉がちょっと痛い時に良く効くのど飴もいれました。みんなで食べてね。この時期は手が荒れるから、おすすめのハンドクリームも入ってます。では、またね。」

いつも入っている義母からのメモや手紙は、小さく折り畳んで、財布にそっとしまう。時々読み返しては、また財布にしまう。


子供達も夫も、玉手箱のようにワクワクが詰まった段ボール箱が届くのを、毎回楽しみにしている。


でもきっと、私が一番楽しみにしていると思う。


困ってるわけでもなくて、頼んでいたわけでもないのに届く、箱いっぱいに詰まっているものの数々に、義父母の想いが込められている。
求めなくても、欲しがらなくても、気付けばいつも届く家族からの想い。


子供の頃、私がきっと、ずっと欲しかったもの。


子供達が家を離れたら、みんなに何を送ろうか。
それぞれの好きなものを、忘れずに詰めこもう。
箱を開けるワクワクと、「あなたが大切よ。」というメッセージを届けよう。


段ボール箱いっぱいの、鬱陶しいほどの愛情が、
家族を繋いでいく。
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