第7話

文字数 863文字

翌週、委員会が終わり、教室を出たところで、美術室から出てきた谷先生と目があい、微笑みとともに、手招きで呼ばれた。田中が、「お?」と声をあげ、肘で俺の横腹を押す。それから田中はニヤッと笑って、「お説教か?」と言い、そそくさと階段を降りて行った。

 「聞きたいことがあるのよ」

 谷先生のそばまで行くと、そう言って美術室に招き入れられた。美術部員は外でスケッチ課題をしているらしく、誰もいない。

 油の匂いがした。何枚ものキャンバス。それぞれ二週間前に見た時と同様、木でできた支持体に固定されている。違うのは、恐らくその全てが完成していることだ。

 「これよ」

  谷先生はベランダへと続く、テラス戸近くにあるキャンバスの前で立ち止まり、優しく笑った。

 「え?」と声が出た。

  でこぼこの砂のグラウンドの上で、白いソックスから伸びたオレンジのスパイクが、まさに今、ボールを蹴ろうとしている。キャンバスの奥では味方選手が手をあげてボールを要求している。その背後にはディフェンスと、おそらく、相手ゴール。

 クサビのパスだ。

 パスが入ればチャンスになる。しかし、カットされる可能性も高い。そんな勇気のいるパスを出そうとする瞬間だ。

 ただ、振り下ろされたスパイクに、怯えた迷いはない。

 勢いを持って、まっすぐにボールを捉えようとしていた。

『出せ!』

 先日の試合中の声が頭の中を反芻する。

 ここから、グラウンドまで。近いとは言え、よく届いたものだ。あんな叫び声を間近で聞いた他の美術部員は、さぞ驚いただろう。

 「やっぱり、これあなたの足ね」

 谷先生が、微笑んだ。

 俺は、「そうです」と頷く。

 「青戸さんに、さっきタイトルを聞いたんだけど、よくわからなくて。気になってるところに、ちょうど、あなたがいたのよ」

 「どんなタイトルですか?」

 「『クサビを打ち込め!』だって。あなた意味わかる?サッカーの用語?」

 思わず、苦笑した。確かに、クサビは打ち込むものだ。
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