第1話 こっくりさん孝

文字数 3,367文字

セキくん、セキくん!ひとつ提案があるのですが……
昼下がりの某日、人のいない古本屋の店内。

本であふれかえり、黴の香りが満たす空間。

そんな中、だしぬけに円藤沙也加が語り掛けてきた。


彼女はこの古書店のオーナーである。

提案?いきなり何さ。

……いや、おおむねろくでもない何かなのは想像がつくけれども。

ろくでもないとは失敬な。私なりの熟慮を伴った思い付きです。

聞けば必ず「さすが沙也加さん、好き好き大好き結婚しよう!」となること間違いなしですよ。

……いや、確かに決めつけはよくないな。

それで、何を提案するって?

こっくりさんをやりましょう!

……なんだって?
こっくりさんですよ。

漢字では狐、狗、狸と書く遊戯です。

机の上に1から9までの数字と男、女、はい、いいえという文字と鳥居が書かれた紙を用意し、その紙の上に十円玉を置いて参加者の指を添えるのです。


それから「こっくりさん、こっくりさん、おいで下さい」と唱えると十円玉が動き出し、様々な質問に答えてくれるという、交霊術に基づいた……

こっくりさんが分からなくて質問したわけじゃない。

君の提案があまりに突拍子なく、あんまりにもアレだったから面食らっただけだ。

というか、いきなりどうした?
いえですね?

セキくんもご存知だと思いますが、私友達いないじゃないですか。

あまりに物哀しい告白だな……

することと言えば退魔。幽霊とか悪魔とかに苦しめられる人々を救うための活動に追われる日々……

つまり、退魔に青春を殺された少女の翼、というわけなのです。


必然、友人とショッピングとか学校の七不思議を語り合うとか、こっくりさんをするといった学生的なイベントをことごとくスルーしてきたのですよ。

「ええー!○○ちゃん○○くんのこと好きなんだー!やっだーうっそー!マジヤバー!」
……というようなですね。

そんな感じの青春をセキくんと取り戻したいな―、なんて思い立ったわけでして。

こっくりさんで?
こっくりさんで。
別にいいけど。

でもこっくりさんの紙とか用意しないと……

それなら近所のま○だらけ海馬で購入してきましたので無問題です。

私は用意周到な出来る女として知られている才女なのですよ。

なんでもあるなぁ、まんだ○け海馬!
そういうと、沙也加はいそいそと机の上に紙を広げ、レジから取り出した十円玉をその上に置いた。


こっくりさん。他愛のない遊びである。僕には本当に動くとも思えない。

……思えないのだが。

薄暗いテナントの中―――蛍光灯のくすんだ光と黴の独特のにおいが広がるこの空間においてだと、妙に雰囲気が出てしまっている。

でも、どうなの?君、一応退魔師だろ。

その、そういう心霊現象みたいなのを遊びでやるのは……

ああ……あれですね。霊障を心配していらっしゃるのですね。

まぁ確かに定番の展開です。

古くはつのだじろう氏の『となりの百太郎』から、近年は洒落怖のネットロア、『超コワすぎ!』などのホラービデオまで、軽率にこっくりさんを行ってとんでもない目に会い、知り合いの霊能力者に協力を抱くというのはテンプレ中のテンプレですね。

ま、大丈夫でしょう。

そもそもあなたの目の前にいるのは誰でしょうか?

そう、絶世の美少女退魔師・円藤沙也加ちゃんです!

私がいる限り、あなたが狐だの狗だの狸だのに憑りつかれるなどということは起こりません。

沙也加はあくまで飄々と、意に介さずに笑った。


……ただ、僕にはそれだけにも思えない。

おそらく沙也加はこっくりさんをすることで怪異と出会うことを望んでいる。


彼女は退魔師であるが霊能力を持たない。

生まれてこの方、怪異を視たことがないのだという。

だから―――もし、会えるのなら会いたいと。彼女はきっとそんなことを思っている。

こっくりさん、こっくりさん、おいで下さい。
こっくりさん、こっくりさん、おいで下さい。
僕と沙也加は十円玉の上に手を重ね、声を揃えて呪文を唱える。


空間が異界化していくような、予感とも期待ともつかない気持ちが僕たちの間に流れ始める。

………
だけれども、十円玉は一向に動こうとしなかった。

お出でならば『はい』まで動く。そうしなければこの儀式は始まらない。


だが、十円玉の上で僕たちは手を重ね合わたままで、まんじりとも動きはしなかった。

……動きませんね。
そうだね。
ま、こんなものですか。

そもそも、狐狗狸などという名前自体がインチキですからね。

イギリスのウィジャボードっていうゲームが元ネタなんだっけか。

明治維新で日本に持ち込まれるまでこんなゲームは無かったとか……

さらに遡るとヨーロッパにターニングテーブルというゲームがあったそうなのですよ。

かの万能の天才、レオナルド・ダヴィンチの手記にもこのターニングテーブルに関する言及があります。


少なくとも15世紀以降のヨーロッパで流行していたゲームが日本に来てこっくりさんという名前を付けられたといわれています。


そのこっくりさんにしても、狐狗狸という字自体が後付けで、もともとは机が『こっくりこっくり』と動く様子を表したものだとか。

つまりですね、狐などの動物霊におびえる必要などないということです。
あ、それとセキくんの言及したウィジャボード。

これ、日本のこっくりさんとはルールがかなり違うのですよ。


まず来ていただく儀式とお帰りいただく儀式がない。

自然に始まって自然解散というかなり緩いルールです。


加えてこのウィジャという言葉も、フランス語のOUIとドイツ語のJAから来ているのですが、どちらも『はい』という意味なのです。

私にする?私にする?それともわ・た・し?

みたいな感じですかね。

いや知らんけど。

……ともかく、少なくとも日本においては『作られた伝統』のひとつだったわけか。

そうですね。

近代以降の日本は妖怪や修験道などと言った市井の怪異を解体し、科学と国家神道というイデオロギーで全てを支配しようとした時代でした。

既存の伝統的なオカルトを悉く駆逐し、神道を『作られた伝統』として教育していく。


……しかし、そうして怪異が駆逐されたとしても、別の怪異がこの世界に蔓延っていく。

それが西洋から齎されたゲームが元ネタで、いかにも日本的な名前が付けられたというのは皮肉と言いますか、面白い現象といいますか。

……しかし、いつまでこうしているべきなのかね。
薄暗い部屋の中、男女そろって手を重ね合い見つめ合う……

ロマンチックですね。ロマン主義者でない私も、ついドギマギしてしまいそうです。

もう君、ロマン主義って言いたいだけだろ。
しかし真面目な話ですね、案外、ヨーロッパで流行した交霊会というのもこうした感じだったのではないかと思うのですよ。

薄暗い部屋の中、数人の男女が手を重ねて精霊に質問をする―――という。

マイルドに言うと当時の合コンみたいな催しの余興だったみたいなのですね。

あるいはカップルが肝試ししたり、お化け屋敷に行ったり。そういう感じです。

そして、そういう場で何も動かなかったら、それは興醒めですよね?
つまり、幹事とか盛り上げ役が率先して硬貨を動かすようなことをしてたってことか。

確かにせっかくやっても動かないと期待外れというか、変な空気になるよな。

む。

もしかして私、非難されてます?

それで?

沙也加さんはこの微妙な空気にどういうオチを付けてくれるのかな?

そうですねぇ、それじゃ、あえてオチを付けるなら――――
円藤沙也加はおもむろに、十円玉から手を離した。

こっくりさんという儀式においてはご法度の行動である。

かと思うと再び十円玉に手を置く。


―――10円玉が動いた。

こ、ろ、す―――


10円玉が指示した文字は極めて物騒だった。

と、同時にオチが読めてしまう。

……いやいや。
そして、こうです!
こ、ろ、す、け―――


コロ助。

藤子F先生の名作漫画のマスコットキャラの名前である。

いやいやいやいや。

古の洒落怖じゃないんだから。

しかもあんまり怖くないタイプの。

当時読んだときは結構笑ったんだけど。

今こうして実際にやられてみても、なぜ今それをチョイスしたという突込みしか浮かばない。

どうです?

びっくりしました?

『殺す』って、祟られたかと思いました?


残念(?)コロ助でしたー!


世はなべて事も無し。

そして客も無し。

結局いつものごとく、生産性のない駄話に終始した。

お後は全く宜しくない。これもまたいつものことである。

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登場人物紹介

干乃赤冶

中野某所の古本屋兼拝み屋・蘭堂書店で働く青年。

店主の沙也加とは大学時代からの腐れ縁。

客のいない店舗内で日がな一日、駄話をするだけの日々を送っている。

円藤沙也加

中野某所の古本屋兼拝み屋・蘭堂書店の女主人。

干乃とは大学時代からの腐れ縁にして自称婚約者。


拝み屋でありながら霊能力を持たず、また懐疑主義者的な言動をする天邪鬼。

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