第1話 僕のミライ

文字数 1,962文字

 やっぱり俺は天才かもしれない。真理を得た。

 俺は、自分に無い経験をしている人、自分に無い考えを持っている人を面白いと思う。
 人間は一人ひとり違う経験をしていて、一人ひとり違う考えを持っている。全く同じ人間など一人としていない。これは自明の理だ。
 ならば、俺も他の誰とも違う経験をしていて、他の誰とも違う考えを持っているはずだ。
 ということは、自分の経験や考えを素直に表現しさえすれば、俺は面白い人間になれるのだ。
 これは真理だ。そしてここが分岐点だ。ここで逃げてはいけない。素直にそのまま表現するのだ、俺だけの経験と考えを。

 ただし、俺の考えが正しければ、、、ミライは消える。

(ひとし)、またエロ動画見てるの? 高1はお盛んな時期だしねぇ」
「いや、見てねーし。って、なんで毎回そう聞いてくんの」
「最近よくノートPCを見てるから、エロ動画でも見てるのかなって思うでしょ」
 ミライとのこのやり取りも慣れてきたな。いきなりミライが俺の前に現れたときは、漫画みたいな設定で信じられなかったけど、こうして2週間ミライと過ごした今なら確信が持てる。ミライは未来の俺だ。なぜか性別は女になってるけど。

 今ではミライになら素直になれる。
「なあ、ミライ。ミライはサッカー部を辞めたことを後悔してないって言ってたけど、俺は少し後悔というか、気になってるんだ。学校でもサッカー部の連中に、なんで辞めたんだよとか、一緒にやろうぜ、って言われたりするし。そして俺自身としても、居心地が悪くて辞めたとは言いにくいし、なんか逃げたような気がしている。それが少し引っかかっている」
「逃げた? 単に嫌になったから辞めただけでしょ。逃げたなんて随分と自己批判的で、高校デビューに失敗した均らしい考え方ね。まあ、逃げたという認識でもいいとは思うよ。そうすると、私は逃げた方の未来ということになるのかな。均は逃げたミライのこと嫌い?」
 こいつは本当にもう、こういうところだよ。そんな目で見られたら、、、俺の未来のくせになぜか女だし、しかも可愛いし、ってホント漫画かよ。
「過去の自分に会いに来るってさあ、普通はなにか後悔していることがあって、そうならないように伝えにきた、とかじゃないの?」
「そういうのは映画とか漫画とかの話でしょ。それに、タイムマシンは過去や未来には行けるけど平行世界には行けないのよ。私は均の言い方でいうなら逃げた方の未来なんだから、均がサッカー部を辞めなかったら私は存在しないし、ここに来れないでしょ」
 確かにそうか。俺がサッカー部を辞めたからミライに会えたわけだ。俺は未来に会えて嬉しいし、感謝している。

 何でも平均的にできる俺は運動も普通にはできた。だから、一番キラキラしてそうなサッカー部に入った。
 サッカー部ではみんな自由にしているように見えた。何が好きで何が嫌いか、何をしたいか何をしたくないか、自由に言葉にして自由に振舞っているように見えた。俺以外は。
 みんなそれぞれ好みや考えが違っていて、それぞれが自由にそれを表現している。みんな良い奴で、そしてみんな面白い奴だった。俺以外は。
 そして、俺はそれを感じさせられるのが嫌でサッカー部を辞めた。

「均、なに考えてるの?」
 ミライが俺の目を覗き込んでくる。
「最初、ミライが現れたとき信じられなかったよ。未来の俺だとか言われても、ミライは女だし、性格も俺と全然違って何でもずけずけ言うし」
「まあ、突然そう言われても信じられないよね」
「でも、今はミライが俺の未来から来たって信じられる。前にミライと買い物に行って、偶然に学校の友達に出会ったとき、ミライは消えちゃったじゃん。あのとき、ミライは俺なんだな、どうしようもないくらい、笑っちゃうくらいミライは俺なんだな、って思ったよ」
「ああ、あの時ね。びっくりしたよ。均の未来から来たのに均以外の人に会うとさすがにまずいかな、と思ったし」
「それと、俺がミライに、俺の未来なだけあってやっぱりミライもなんでも平均的であまり面白みがないよね、って冗談で言ったら、めっちゃキレたじゃん。あれ、反省してる。俺が間違ってた。ミライに感謝してる。そして、今はミライのことを大切に思ってる」
「なによ均、今日はずいぶん素直じゃない」
「ミライに伝えておこうと思って」
「そんな改まって、なんかお別れみたいじゃん」

 真理を得た俺には分かる。ミライは逃げた方の未来からきている。だから、俺がここで逃げないことで、ミライはこの世界から消えてしまう。

 俺はミライのことが好きだ。
 俺は逃げたミライが好きだ。
 ミライは確かに存在した。
 ミライは俺なんだ。
 ミライに消えてほしくない。

 だから、俺はミライのことを書き残すことにした。
『僕のミライ』
 今度は俺から未来に会いに行くんだ。
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