第4話 「カオスな立食パーティー」

文字数 3,051文字

なんだか、初めてのデートかもしれない日が嫌な思い出になったので、私は少し気持ちが沈んでいた。あのクソメガネにもっといろいろ文句を言ってやれば良かったと何度となく思ったけど、そんな大人気ないことをするのはやめよう、とその度に思った。

あんなやつのことを考える時間がもったいないし、そんなのは決してイイ女ではないからだ。婚活をする以上“イイ女”を目指すべきだと思うし、どうせならモテたい。みんなからうらやましがられるような彼氏をゲットしたいのだ。そんなことを考えながら、職場の休憩室でお昼を食べていると、静香からPINEのメッセージが来た。

[きたる土曜日、婚活パーティーのお知らせだよん!今度は立食形式だから、気楽に楽しめるはず!がんばって!]
というコメントと共に、パーティーの詳細が書かれていた。

立食かぁ。一人でぽつんとなりそうだ。なんだか気が重い……。静香のメッセージによると、服装はカジュアルだけど、ちょっとキレイめの服がいいらしい。だけど本格的なドレスは絶対に着るな、ということだった。ふむ、何年か前に買った薄いパープルのワンピースでも着て行こうかな。

土曜日はすんなりやってきた。パーティーは12時半からだったので、お昼はそこで食べられるけど、絶対にお腹いっぱいにはなれないとわかっていたので、おにぎりを一つ食べてから出かけた。勝負の日に食べる「スペシャル海苔卵鮭ふりかけ」のおにぎり。このふりかけは豪華なようで、風味がほぼないのが不思議なところだ。

いつものパンプスではないので、足がちょっと痛いけど、無事に会場に着いた。また身分証などを確認して、プロフィールシートとニックネームを書く名札を渡された。今度はどんなことを書こうかな。ニックネームは「マリアンヌ」に決まっている。今回は立食パーティーなので、特に意味はないけど「多趣味」と書いておこう。ウェルカムドリンクはノンアルコールのシャンパンだったが、いかにも安物な感じだったのでがっかり。

今回は、数個のテーブルがあって、6人くらいで話したあと、司会の人に従ってローテーションするらしい。一対一じゃないと、自分から話しかけなければいけないのかな。大変そう……。なので、最初は様子を伺いながら少し食べることにした。

海老フライをお皿にのせた途端、いきなり話しかけられた。見るからにインテリという感じの男性。
「あ、海老フライいいですね!僕も好きなんですよ!」
という彼の皿にはナポリタンが山盛りのっていて、もはや何ものるスペースはない。こいつは絶対にウソをついている、と明確にわかった。
「あ、そうなんですね。じゃあ、ぜひどうぞ。私もこれから食べるんです。」
「マリアンヌさんのプロフィールシートいいですか?」
海老フライは完全にシカトだった。私は仕方なく、プロフィールシートを交換した。インテリの趣味はアウトドアとジムらしい。筋肉はどこにも見当たらないが、細マッチョの可能性はある。だけど、アウトドアは完全に嘘くさかった。
「多趣味なんですね?アウトドアも行きますか?」
「えーと、アウトドアはあまり……」
「僕は、結構行くんです!釣りとか、バードウォッチングとかね」
「そうなんですね。私も鳥は好きなんです。どんな種類の鳥が好きですか?」
「スズメかな」
毎朝のように、どこでも見れそうだ。絶対いわゆるバードウォッチングなんかしてない。
インテリがおもむろに去った頃、テーブルのシャッフルが行われた。

やっと海老フライを一口食べたところで、別の男性が来た。ちょっとぽっちゃりしているけど、人の好さそうな感じの男性だ。
「海老フライ、やっぱり取りますよね~」
という彼の皿には海老フライがすでに5本も。これは、本物だと思った。
「好きなんですね。おいしいですよね。」
とプロフィールシートを交換すると、彼の趣味は食べ歩きだそう。大食い選手権に出たいらしい。
「大食い選手権に出たいんですよね~」
「そうなんですね。」
「でもなかなか難しいんですよね~」
「そうなんですね。」
「いやぁ、やっぱり海老フライが一番おいしいですよね~」
「そうですね……」
「あ、ちょっと失礼。」
そう言うと、彼はハンバーグの皿へ移動した。語尾を伸ばすのはかまわないけど、話が全然盛り上がらないばかりか、多少の不快感を得た。

するとまたシャッフル。海老フライしか食べられないかもしれない。今度は、自分から話しかけてみることにした。男性を見ても、自分の好みが全くわからないので、隣にいた人に話しかけた。
「結構、慌ただしいですね、シャッフル。」
「あ、そうですね。なんだかバタバタして。僕もあんまり、婚活パーティーはまだ初心者なんですよ。」
「あ、私もなんです。奇遇ですね。えっと、逆さまつ毛さん…?」
「あ、そうです。変なニックネームですけど、俺、逆さまつ毛で。」
僕から俺って言われたときにキュンとするのはなんでだろう。
「逆さまつ毛って地味に痛いですよね(笑)」
私はクスっと笑って見せた。マンガの中でマリアンヌが見せるしぐさ。かわいいはず。
「わっちは、小さい頃から逆さまつ毛で、本当苦労してます。」
……?
「あっしの実家は、ちょっと地方なんですけどね。マリアンヌさんは、どこ出身ですか?」
「え…あ…東京ですよ。」
「いいなぁ、都会人。見るからに都会って感じしますよ。ワシとは違って、クールですね。あ、シャッフルみたいです。じゃあまた。」
と彼は去っていった。私のキュンはとっくに消え去っていた。こんなにも一人称が定まらないことがあるのだろうか?

なんと、今のが最後のシャッフルだったみたい。完全に終わった感だった。この後はフリートークで、気になった人に連絡先を渡す時間だった。でもわずか10分。もうひたすら食べて帰りたい。そうして、私がまだ食べ物が残っているテーブルに行こうとすると、最初のインテリに声をかけられた。

「マリアンヌさん、良かったら交換しましょうPINE。」
そういうと彼はスマホを取り出したけど、私は、申し訳ないけどこの人は絶対に無理、という確信があった。
「あ、すみません、先にお手洗いに行かせてください。」
「え?そんなの後でいいでしょ。交換しましょ。早く出して!」
半ば脅迫めいてきたので、怒りが湧いてきた。トイレにも行かせないやつと誰がデートなんか。
「困ります。やめてください。」
「早くしてよ!こっちは時間ないんだから!」
私が言い返そうとしたとき、「やめなよ」と別の男性が割って入ってくれた。こんなシチュエーション、ドラマで見たことある。ついに運命の男性が!と思って振り返ると、マジで普通の会社員風の男性が立っていた。なんていうか、本当に普通な感じ。普通を絵に描いたような感じ。その普通メンのおかげでインテリは去り、私は普通メンと連絡先を交換した。

このことを帰ってから静香に話すと、静香はたいそう盛り上がった。
「マジで!超イイそのシチュ!運命かも!男性は普通が一番だよ。さっき聞いたの全部おかしいじゃん、なんか。一人称定まらない人、すごいよね、逆に。会ってみたい逆に。」
むしろ、一人称定まらないメンと交換すれば良かったのかなとさえ思えたけど、その後、普通メンから連絡が来たので、少しワクワクした。

[今日はありがとうございました。あんな感じで交換することになって、まだ何も話していないのにすみません。良かったら、今度お茶でもしませんか?]

なんか、普通だな。でも、とりあえず、お茶してみることにして、次の土曜日の午後に約束をした。

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登場人物紹介

・マリ(マリアンヌ)…35歳、恋愛経験は少なめ、静香のすすめで婚活をはじめるが……

・静香…35歳、マリの友達で高校時代からの同級生。

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