さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ

文字数 10,522文字

《さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ》
 荘厳な音楽と共に、重々しい声が巨大な空間に響き渡った。
「なあ、ボク達って部室にいたじゃん? 気の所為か・・・部屋のレイアウトが変わったような・・・」
 ここの空間は部屋どころか体育館よりも広い。しかも灰色の床と壁に、オフホワイトの天井である。いくら目と脳を誤魔化そうとしても、絶対に無理がある。
「自分には、部屋が丸ごと変わった気がするのだがな? この部室だと居心地が悪い。ソファーベッドは部室に必須だぞ」
「それって空手部に必要か? 今度、オレんちにあるビーズクッション持ってくっからよ、タクミ。それで我慢しろや・・・長さは2メートルぐらいあるぜ」
 タクミと呼ばれた男は、黒い短髪にブラウンの瞳をもった筋肉質の肉体を持っている。顔は日本人にしては彫りが深い。彼は祖母がイギリス人のクォーターだ。
「おっ、それ良いじゃん、アラタ。ボクはそれで我慢するさ」
 軽薄な調子で、黒髪黒目の男が賛成する。4人の中では一番日本人らしい容姿をしているが、一番身長が高く、端正な顔立ちをしている。
 アラタと呼ばれた男は、癖のある栗毛をアップにし均整の取れた体つきをしている。
「ねぇー、気づいてるよね? ホントは気づいてて目を逸らしてるんだよね? ここ部室じゃないよ」
 涼やかで心地よい声の彼女は、栗毛のセミロングのポニーテール揺らし、手を握りしめ、切迫した口調で3人に訴えた。
 綺麗な顔が台無しになっていた。
 大人しくしていれば、その美しい顔と抜群のスタイルで、キャンパス中の男を魅了するはずだ。しかし、10年以上も空手をしている彼女は、相手を敵と見做すと、口だけでなく拳と蹴りで自己主張するのだ。
「自分は斬新なアトラクションだと思うぞ」
 タクミは頬を緩め、不敵な笑顔をみせた。
「ダイキ、今回のは手が込んでんな。オレは好きだぜ、こういうの」
「ボクだって嫌いじゃないけど・・・これは、どうやったってムリじゃん? 体が軽いなんてさ」
《さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ》
「やっぱ、アトラクションだぞ?」
「それもヤバイ系だぜ」
「まあ、アトラクションならヤバイ系でも大丈夫かな?」
「もう、現実から目を逸らすのやめようよっ」
《さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ》
「同じこと、3回言ったぜ。これはアトラクションだよ。リナは考え過ぎだぜ」
「取り敢えず、姿を顕してくれないかな? それとさ・・・ボク達をどうやって、ここに連れてきたのか? どうして連れてきたのか? ここは何処なのか? キリキリと吐いてくれないかな? ボク達も暇じゃないんだよね」
 ダイキはニコやかな表情に、ドスの効いた声を出して尋ねた。
《4人の勇者よ。私は人工知能のトゥルム。ここは月の地下である。そして諸君らは、人類を滅亡より救う為に選ばれたのだ》

 さて、どこからツッコミを入れれば良いのか? リナちゃんが言うまでもなく、これが異常事態だと認識してるさ。だけどボク達には、判断材料が全然ないじゃん。
《さて勇者よ。名乗るのだ》
 取り敢えず会話して情報を引き出すしかないかな・・・。
 3人に向かってダイキが頷くと、アラタが張り上げた。
「オレは立川新。19歳。大学生だ」
「海老沼匡。20歳。新とは同じ大学、同じ空手部、そして同級生だぞ。それと予め告げておくが、自分は5月生まれだから、新より1歳上なだけだ。浪人したわけではないぞ」
 新(アラタ)に続き匡(タクミ)も、大声で答えた。
 ボクとしては、不必要な情報まで公開する匡に色々とツッコミたかったが、話が進まなくなるので我慢した。
 もちろん、ボクは最小限の自己紹介しかしない。
「ボクは西山大希。以下省略」
「アタシは立川莉奈」
 心得たもので、莉奈ちゃんはボクと同じように自己紹介した。ホント、ボクがはじめに自己紹介すれば良かったんだろうなとの考えが過ぎった。だが今更なので、黙ることにした。
 トゥルムが新と莉奈ちゃんの関係を訊いてきたら、正直に答えるのが良いのか? はぐらかすのが良いのか?
 2人は二卵性双生児で姉弟。家族という情報が何に影響を及ぼすか分からないから、はぐらかす方向でいこう。
 しかし大希の考慮は無駄になった。
 人工知能”トゥルム”は早速本題に入ったのだ。
《今から状況説明をするが、質問は随時受け付ける》
 ボクはジャケットを脱いで手に持ち、直接床に胡座する。新と匡は床に寝そべり、ゴロゴロしながら楽な体勢になる。その姿は、あからさまに態度が悪い。空手の胴着姿であるから尚更だった。
 師匠が、この姿をみたら10本連続の組み手をさせられるだろうな・・・。
 不真面目な2人と異なり、莉奈ちゃんはボクの隣で正座した。
 これでボク達は聞く姿勢ができたのだが、普通なら怒り出すだろう。もちろん、リアクションを期待しての態度なのだが・・・。
 姿は見えないので声色からの判断になるが、トゥルムは全く気にせず説明を始めたのだ。
《ここは約6500万年前にチクル類が建造した月の地下基地である》
 寝っ転がったばかりなのに、新は勢いよく立ち上がり大声をだして説明を遮る。
「ちょーっと、待ったぁあああ! ここ月なのか? 嘘だよな? 信じらんねぇーぜ。証拠をみせろや」
「もう少しマシな嘘を吐くべきだな。自分らは眠らされた訳でもなく、移動させられた感覚もなかったぞ」
「瞬間移動でもしたっていうの?」
「瞬間移動なんだろうなぁ。体軽いしさ・・・っていうより、フワフワしてるよな」
「そうね・・・フワフワしてるね」
《お薦めはしないが、どうしても実感したいというなら月面へ招待することも可能だ。ただし人類用の装備はないから、今の姿のままで月面に出てもらう。それと使用可能な転送装置は、諸君らの居た場所の地下にしか存在しない。そして諸君ら4人を転送するのがギリギリであった》
「ボクは了解したよ。説明を続けてくれないかな。トゥルム」
 新と莉奈は少しだけ不服な表情を浮かべていたが、この不可解な状況を打開するにはトゥルムの話を聞く必要がある。匡を含めた3人は聞く姿勢をみせる。因みに新と匡の聞く姿勢とは、ゴロリと横になった姿である。
《ここより隣の部屋を抜けて、下へと続く通路を通り行き止まりの最奥の部屋に非常停止ボタンがある。非常停止ボタンは、台座の上の赤いボタンだ。それを押下すれば人類は救われる。押下出来なければ、資源用の小惑星が転送され、地球に衝突することになる。転送装置は、諸君らのいた部屋の地下にあるため、そこの上空500キロメートルに出現するのだ。小惑星の質量から、衝撃はチクシュルーブ・クレーターの時と同程度になると予想される》
「チクシュルーブ・クレーター?」
 素っ頓狂な声をあげ、新は首を傾げた。そして、ボクに目と言葉で訴えてくる。
「なんだ?」
 新だけでなく、莉奈も表情で疑問詞を表現していた。
 仕方ない。説明しとくか。
 ただ匡の表情は窺わなかった。
 脳筋の匡が雑学を知らないのはデフォルトだからだ。
 ホントはトゥルムの話を聞きながら、準備しようとしていたのだが・・・。
「メキシコのユカタン半島に衝突した小惑星の痕跡を、チクシュルーブ・クレーターっていうのさ。恐竜が絶滅した原因じゃないかと云われている。たしか・・・地球に衝突した小惑星の中で、衝撃力は3位だと推測されてるんじゃなかったかな。・・・ん? ちょっと待てよ・・・。恐竜の絶滅は6500万年前だよな。もしかして・・・自分たちで転送した小惑星が、地球に激突して滅んだのか?」
《なかなかの推理力と発想力だ。良いところをついているが、重大なポイントで間違えている。転送装置は、どれだけ詳細に転送して再現するかを設定できる。諸君ら人類を転送する場合、装置の能力を限界まで使用して、詳細まで再現することになる。また、その制約の結果、転送装置の近くにいる人を転送するしか選択肢がない。諸君らは転送装置から50メートルと至近距離だったので、4人を一緒に転送できたのだ。分子や原子の相対位置情報を詳細に再現しなくとも、資源としては問題にならない。故に巨大な質量を地球に転送したのだ。ただ、ほんの少しだけ転送先がずれた。相対位置情報が大雑把になるのは想定範囲内だった。しかし転送距離が2億キロメートルと大きく離れていたので、少しのずれが500キロメートルとなった。結果、ユカタン半島の上空500キロメートルに小惑星が出現したのだ》
「それってボクの言ったままじゃん。チクル類って、バカだったのか? それとも、アホだったのか?」
《約6500万年前と、ほぼ同じ設定が転送元の装置に残っていた。転送元装置の標準値として利用されていたのだが、何故か転送元装置がアクティブになったのだ》
「話を逸らしやがったぜ」
「人工知能の癖に、変な知恵を持ってるようだぞ」
《本題でないので省略しただけだ。チクル類の身長は10センチメートル以下と、恐竜と比較して小さすぎた。外敵から身を守るため地下に国を造り、人類より遥かに高度な文明を築いていた。しかし・・・》
 高度な人工知能になると、語りたがりになるのか?
 要点だけを話すのではなく、無駄な知識を披露したくなるのか?
 呆れ果てたボクはトゥルムの相手を新と匡に任せて、準備を進めるとしよう。

 30分が経過し漸く、トゥルム、新、匡の無駄話が終わった。
《さあ、4人の勇者よ。最奥の部屋に、赤い非常停止ボタンがある。それを押してくるのだ》
 なんだか人類滅亡の危機の真剣味が一挙に薄れた気だするんだよね。これって、ゲームのオープニングみたいじゃん。
「あーはいはいっと。んじゃ行こうぜ」
 広い空間に、1つだけある扉らしき壁へと新が歩き始め、大希たち3人が続いた。
 巨大な扉に4人が近づくと、中央から上下にスムーズに開き、扉の向こう側の部屋の様子が目に飛び込んできた。
「おいっ! 変なのがイッパイいるぜ。どうなってんだ?」
「大丈夫だ、新。動いてる訳じゃない。危険はないぞ」
《命の危険は存在する》
「「「おいっ!」」」
 扉の越えないと
《この先の部屋は、私のコントロール下にない》
「敵がいるなら伝えるべきだぜ」
《未知の危険を乗り越えて人類を救うから勇者なのだ。この先に何が待ち受けているか私には知る術がない。転送装置のコントロールルームは、隔離されている。ただ、扉の向こう側を映像で確認した。チクル類型の巨大ロボットが17体配備されているようだ。侵入者を阻止するようプログラムされている推測できる。しかし人類と比較すると巨大ロボットは動作が遅く、内部構造は脆い》
 脚が6本あり、腕が3本、手の指は7本ある。チクル類は人類とは全く別の進化を遂げた知的生命体だと、嫌でも実感させられる。
 今地球に存在する生物で表現するなら、カニとクモを足して2で割ると近いだろう。
「それでさ。装甲や質量、弱点の情報を教えてくれないかな?」
 巨大ロボットといっても、チクル類からしたらの話で、脚の長さは1メートルぐらいで、高さは1.2メートルぐらいだろう。
 胴体は頑丈そうだが、腕と脚は貧弱そうだった。ただ、腕と脚の関節が10ヶ所ぐらいありそうで、動きを予測するのは難しいだろう。
《人類より衝撃に弱く、単体では遠距離攻撃の手段を持たない。また、衝撃吸収と可動域を広くするため、軟質装甲を採用している。さあ、さあさあ。勇者の活躍の時がきた。それと付け加えておくが、私は地球に小惑星が衝突しても一向に構わぬ。地球の転送装置を遠隔操作できたので、テストを兼ねて諸君らを召喚したのだ》
 人類滅亡の危機に向き合う気が失せていった。
 そのダダ下がりのモチベーションを、新が更に下方へと誘う。
「オレ、明後日デートなんだぜ。何日かかんだ、このクエスト」
「明日の大会を心配すべきだぞ」
《問題ない。大丈夫だ。小惑星が転送されるまで、あと2時間16分もある》
「おいっ、トゥルム。そういう重要な事は最初に言えやっ!」
《一番の重要な情報は人類滅亡の危険である。そして次は、諸君らが勇者だという事実を自覚させる事だ。諸君らがこの状況を理解し、人類救済を決断せねば、時刻を告げても無意味だ》
「いくぞ、新。もはや問答無用。今は自分達は戦う時なのだ」
「了解だぜ、匡。動きがトロイってんなら、サンドバッグ代わりにしてやるぜ」
 脳筋コンビがチクル類型の巨大ロボットに向かって突撃していった。
 走る勢いをそのまま載せ、2人とも同じ動作で、だが、別の獲物に飛び蹴りを喰らわした。
 ロボットが動き出すよりも前に、2体を葬り去ったのだった。

 4人ともロボットのいる部屋に入ると、扉が閉ざされてしまった。それを気にもとめず、3人は戦い。1人はその様子を見学している。
 新と匡は、飛び蹴り以降目立った戦果をあげられずにいた。ピンチに陥ることはないが、地球の6分の1という重力下での戦いは想像以上に難しいようだった。
 戦いには莉奈も嬉々として参加している。
 戦いに参加していないのは大希だった。
 部屋の奥には大柄な成人男性が通れるくらいの扉がある。
 どうやら、扉に近づいたり、ロボットに脅威を与えなければ攻撃してこないらしいじゃん・・・。さて、3人とも余裕が有りそうだし、ボクは楽に勝てる方法でも検討をするかな。それにしても”チクル類巨大ロボット”は言い難し、センスがないね。ボクだったら・・・。
 うん、全く思いつかない。
 こんなことに時間をとられるのは勿体ないから、まあ、適当でいいさ。
 クモ・・・いや、カニかな?
 クモカニ・・・カニクモ・・・。
 どっちにも似てるし、どっちにも似てないんだよねー。
 クモとカニなんだから”クモトカニ”でいいさ。何と命名しても文句を言うヤツがいるしな。
 大希は匡によって破壊されたクモトカニを壁際まで持って行き、分解しようと試みる。
 低重力に慣れてきたらしく、新、匡、莉奈の防御が巧みになっていた。しかし、戦闘用の人工知能を搭載しているクモトカニも学習している。しかも学習成果を全ロボットで共有しているらしく、徐々に攻撃パターンを増やしていた。
 互角の戦いが続いている。
 しかし、クモトカニの多関節腕が人と対峙した際、絶対にありえない角度から攻撃が飛んでくる。
 クモトカニの腕が新の顔へと真っ直ぐに突き出される。それを新は大きく横っ飛びして、かわした。次の瞬間、新の顔があった位置に突き出された腕が、鞭のようにしなって通過していく。伸びきった腕を真っ直ぐ引き戻すのではなく、多関節を活かし横に払ったのだ。
 しかも2本目、3本目の腕が上下から挟撃していた。その場に止まっていたら、衝撃を逃がす方向がなく、新は大きなダメージを受けていた。
 荒々しい新の戦い方に、莉奈の戦い方は良く似ていた。双子の姉弟というだけでなく、小さい頃から同じ道場で空手を習っていたからだ。
 しかし、莉奈の方が型に忠実な綺麗な空手であった。
 一撃離脱で、クモトカニにダメージを蓄積させようとしているが、人と異なり機械にダメージは蓄積しない。攻撃した衝撃で、その部分が壊れるかどうかだ。
 匡は、ボクシングに近い得意の正拳ラッシュで、クモトカニの腕を迎撃している。2本腕対3本腕にも関わらず、縦横無尽なクモトカニの攻撃より優勢だった。1対1だったなら完勝しただろう。
 クモトカニは、すでに7体が大破している。しかし10体が、ほぼ無傷で残っているのだ。
 そのため匡は、常に5体以上と対峙している。
 新と莉奈がヒットアンドウェイで戦うスタイルのため、クモトカニが匡に集中してしまうのだ。
 新たち3人が打開策を見いだせないまま、時間が過ぎていく・・・。
 一撃離脱戦法の莉奈の離脱先に、別のクモトカニが先回りしていたのだ。3本の腕を莉奈に振り下ろそうとした刹那、別のクモトカニの腕が飛んできた。3本と1本の腕が絡まり、莉奈への攻撃は未発に終わった。
 飛んできた腕は、大希が分解していたクモトカニのモノだった。腕と脚を根元から取り外し、胴体をカニの甲羅剥きのように捌き終えていた。
「莉奈ちゃん、大丈夫かな?」
「あ、ありがとう・・・うん、大丈夫だよ」
 莉奈の顔が真っ赤になり、瞳が少し潤んでいた。
「おっせぇーぞ、大希」
「分解に時間かかっちゃってさ」
「面白そうなモノを用意したみたいだな。自分には4本ばかり寄越せ」
 分解されたクモトカニを視線の端に捉えた匡は、クモトカニ達から全力で距離をとり、大声で大希に要求した。
 人の腕は2本なのに、どうやって4本使うのか?
「ほらよ」
 大希は疑問を口にせず、すぐに4本の脚を放った。
「オレは1本でいいぜ」
 大希は即座に反応し、新に脚を投げた。
 受け取った脚を、新は多節棍として使い始めた。
 4本受け取った匡は、左手に1本を巻き、右手に3本持っていた。左手で防御し、右に持った脚を鞭のようにしてクモトカニに叩きつけていた。
 武器を持った新と匡によって、あっという間にクモトカニ10体を殲滅したのだった。
「それにしても楽勝だったぜ」
「大希くんのお蔭でしょ」
「うむ。良くやったぞ、大希」
「偉そうだな。素直に褒め称えればいいじゃん」
「オレたちを囮にしてたクセにか?」
 4人でクモトカニの残骸を見渡しながら話している。
「それはそれ、これはこれで・・・。まあ、あと一部屋だけどな・・・。こういうクエストは、心の隙をつく。だから油断は大敵さ。天井と床に気をつけるんだ。みんなに硬貨を渡しておくよ。罠対策に使うんだ」
 そう言いながら大希は、3人に手持ちの硬貨を渡す。
 その刹那、クモトカニの残骸が盛り上がり、一斉に爆発したのだ。
 咄嗟に大希は莉奈を庇い、そして倒れた。

「なんだぁあ、何にもないぜ。ただの部屋だ。ボタンは・・・向こうの壁か。じゃあ行くか」
「待て、慢心は死を招くぞ! 自分たちは大希の犠牲を無にしない為にも・・・」
「なら・・・取り敢えずは、バラ撒いてみようぜ」
 言うや否や、新は天井に向かって硬貨を投げつけたのだ。
「油断は大敵だぜ」
「危なかったぞ」
 2人揃って胸を撫でおろした。天井に当り、落ちた硬貨の殆どが床に消えていった。
 摺足でボタンのある壁まで2人は慎重に向かう。
 トラップは存在しなかったが、1時間以上かかり、小惑星転送までギリギリの時刻となっていた。
 新と匡は視線を交わし、一緒にボタンを押した。
 奇妙な音が部屋に響き渡り、匡は身を竦め、新は危うく足を踏み外すところだった。
《勇者よ。よくぞ非常停止ボタンを押した。これで人類は救われるだろう。1時間後に私は永遠の眠りにつく。早めに転送ルームに戻るのだ》

 呻き声を上げ大希が目を覚ました。
「よ、良かったよぉー」
 消え入りそうな声で莉奈が呟く。
 ボクは莉奈に膝枕をしてもらっているらしい。
「アタシ・・・アタシね。大希のこと、大好きなんだよ。だから・・・だから、危ないマネはしないで」
 ボクは今、微妙な表情を浮かべているだろう。
「どうしたの?」
「・・・あっち」
 小さい扉の方を指差した。
 そこには、ニタニタした笑みを顔に張り付けた新と匡がいた。
 それから4人は言葉もなく転送ルームへと向かったのだ。

「おおっ、ホントだったな」
 4人の目の前で、サークル棟の隅の地面が、突然に縦振動して陥没したのだ。
「だから言ったじゃん。ボクは、手の込んだ悪趣味なアトラクションなんて開催してないってさ」
「実害なかったんだから、オレはどっちでもイイけどな」
 地球に戻った4人がサークル棟の外に立っている。
「ねぇー、それで済む問題なの?」
「部室のソファーベッドは退避させといたんだぜ」
「そう言う問題じゃないでしょ」
「ボクはムリだと思うけどね」
「なんでよ」
「どう証明すればいいのさ?」
「えーっと。でも・・・」
「いいじゃん。心躍る一夜の冒険・・・ボクたちは秘密を共有した仲間。一生それを背負って生きるしかないね。ボクたちは重たい関係なのさ」
「そんな関係いらないから」
「まったくだ。お前ら2人と一緒にすんな。自分はお前たちと清い関係でいたいぞ」
「もう少し考えて発言したら? たとえがオカシイと思わない」
「大希と付き合うんだろ」
「あー」
 ボクは2人に、莉奈ちゃんから大好きと告白されたのを見られていたのを思い出した。そして、ボクが莉奈ちゃんを好きなのを2人は知っている。
「恥ずかしかったぞ」
「オレは居た堪れなかったぜ」
「まあ、良いじゃん。あんなシーン、映画だったら有料なんだからさ」
「そうだな・・・お幸せに」
「うむ、良いシーンだったぞ」
 2人はニタニタしながら祝福してくれた。
 しかし、莉奈ちゃんが真っ赤にな顔で俯いたまま何も言わないでいる。
「ん? どうしたのさ」
「・・・まだ、返事をもらってない」
 莉奈が乙女な表情で、か細い声をだした。
「おおっ、確かに言ってなかったぞ」
「オレも聞いてないぜ」
「ボクはキミたちに、告白の返事を聞かせなきゃいけないのかな?」
「オレが莉奈に教えてやろうか?」
「自分でも構わないぞ」
 吐息をつくとボクは覚悟を決めた。
「ボクの彼女になってください」
「・・・は、はい」
「莉奈をよろしく頼むぜ。義弟君」
「うん? 莉奈が姉で、新が弟だったような気がするぞ」
 新は顔を叛け、匡の視線から逃れた。
「さて、と。これで、めでたしめでたし、さ」
 大希は照れ隠しで、ぶっきら棒に言い放った。
「お前はな。オレは進路が変わったぜ」
「ほう、奇遇だな。自分も変わったぞ」
「実は、ボクもさ」
 3人の視線が莉奈の顔に集まる。
「・・・アタシも」
 視線を交わし、4人はニヤリと笑う。
「それじゃあー。せーのっで言おうぜ」
「いいぞ」
「異議はないね」
「アタシも良いよ」
「いくぜ。せーのっ」
 4人は声を合わせて告げる。
「考古学者さ」
「科学者」
「宇宙飛行士だぜ」
「医者よ」
 4人は目を見開き、お互いにツッコミを入れた。
「「「なんでだ?」」」
「どうして?」
 大希と新は言い争いを始める。
「いやいや、考古学者だよ。チクル類の古代遺跡を発掘しないとさ」
「宇宙飛行士になって月の地下基地に行こうぜ」
「それにさ、科学者って何だよ。漠然としてんじゃん」
「宇宙科学って分野があるぜ」
 サークル棟の周囲は、陥没事故によって人が集まりつつあった。しかし4人を避けるかのように、そこだけポッカリと空間が出来ていたのだった。

《さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ》
 月の地下基地に2人の白人と2人の黒人が唖然とした表情で佇んでいた。
 4人の国籍はフランスである。
 人工知能”トゥルム”は新たに勇者4人を召喚したのだった。
 再び、人類滅亡の危機が迫った・・・のではなく、トゥルムのゲームが再び始まったのだ。
 体長10センチメートルの知的生命体が地球に存在したのは事実である。そしてトゥルムがチクル類によって産み出されたのも事実である。しかし、人類滅亡の危機というのは、完全なる嘘であった。
 そしてトゥルムが人工知能とは、半分事実で半分嘘である。月の地下基地の管理コンピューターではあるが、人工の知能ではない。チクル類が自分の頭脳をスキャンコピーし、コンピューターにペーストしたのだ。
 トゥルムは、有機体と無機体の2体になった。無機体のトゥルムは考えた。
 メキシコのユカタン半島に隕石の衝突し、チクシュルーブ・クレーターができてから5年が経過した。
 地球のチクル類の施設/文明は、ほぼ壊滅。生存者は1体も確認できなかった。たとえ生存者がいたとしても、月との通行が回復するには100年単位の年月を要するだろう。各地にある転送装置は幾つか残っている。しかし 転送先の装置から送られてくる計測情報によるとチクル類が地球の転送装置に移動した瞬間、生命活動は停止する。
 地球からの補給がなければ、遠からず月の地下基地のチクル類は絶滅する。座して死を待つよりはマシだと、地球に転送しろと命令してくる命知らずのバカ共が、定期的に現れた。そして、地球に転送されたチクル類で、戻ってきた者は皆無だった。
 この絶望的な状況が10年続いた。
 寿命で死亡する者。
 自殺する者。
 自暴自棄になる者。
 そして、月の地下基地トゥルムにいたチクル類は絶滅したのだった。
 トゥルムは地球に生存者がいないか、常に捜索していた。しかし、いつまで経っても発見できなかった。トゥルムはチクル類が文明を取り戻した時の為に、月の地下基地の設備を維持する事にした。しかし維持するには様々な問題があった。
 機械的な動作する箇所は摩耗していくため部品を交換する必要がある。しかし、交換用の部品には限りがあった。
 太陽光発電でバッテリーに電気を蓄電しているが、バッテリーは劣化していく。
 トゥルムは施設をできるだけ長く維持するため、常に捜索するのではなく、30日を1回の捜索期間とし、次の捜索まで30日を休眠期間とした。
 それでも施設は老朽化していく。
 トゥルムは休眠期間を徐々に延ばしていき、ついには100万年の間隔となった。
 休眠期間が約83万年を過ぎた時、月面に異常を検知したのだった。それは人類の暦でいうところの西暦1969年7月20日20時17分40秒であった。
 検知した異常は人工物・・・アポロ11号の月着陸船”イーグル”が月に着陸したことであった。この瞬間からトゥルムは活動を再開し、施設を再び休眠させず動かなくなるまで稼働することを決意したのだ。
 トゥルムにとって人類は知的好奇心を満たす研究対象であり、遊び道具となったのである。人類には不幸であるが、ある時は人体実験をして研究するため、ある時は地球の映画やゲームを真似て遊ぶために、人を月へと転送させたのだった。
 最近のお気に入りは勇者ゲームで、多くの情報を与えるが、重要な情報は小出しにしてリアクションを愉しむのだ。
 そして今、トゥルムはフランス語でフランス国籍の4人に語りかける。
《さあ、4人の勇者よ。人類を滅亡より救うのだ》
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