第1話

文字数 3,037文字

 風がわたしたち四人の間を通りぬけて、河川敷にはえる草をさわさわと揺らす。
 風の余韻が残る中、わたし、ナツと向かいあう位置にいるヒナタが、隣に立つセイにうながされてようやく口を開く。
「……カノン」
「はっ、はいっ」
 ちら、とカノンの様子をうかがうと、その表情はかなりこわばっていた。
 そんなに怖がることないよ。
 カノンにとって、すごくうれしいことなんだから。
「オレ、ずっと前から……カノンのことが、すきだ」
 ヒナタらしい、まっすぐな告白。
 いつもの元気いっぱいな笑顔とはちがう真剣な表情も、ついかっこいいと思ってしまう。
 ……だめだなぁ、わたし。ここまできて、まだそんなことを思っちゃうなんて。
 カノンが、え、と小さくつぶやくのが聞こえた。
「オレと、付き合ってください!」
「……はい……っ!」
 こぼれ落ちそうなくらい大きく見開かれていた目をうれしそうに細めて、ほおを染めたカノンが笑う。かわいらしく、花のように。
「よかったね、カノン!」
 わたしは笑顔を作ってカノンに声をかけた。
「ありがとう、ナッちゃん」
 うれしそうな顔のまま、カノンは答える。
 よかった。わたし、ちゃんと笑えてるんだ。
 ヒナタの方を見ると、ありがとな、と言うようにニカッと笑いかけてくれた。
「ほら、先に二人で帰れよ。オレとナツはおまえらとは別で帰るから」
 セイがそう言って、ひじでヒナタをカノンの方に押す。
 二人は顔を見合わせて小さく笑うと、並んで家の方へと歩き出した。
 やっぱりお似合いだよ、あの二人。
 わたしなんて、ヒナタの男友達みたいなもんだったし。
 二人とも笑顔でうれしそうだったし。これで、よかったんだよ。
 だけど……終わっちゃった、わたしの初恋。

         ・ ・ ・

「ヒナタくんがすきなんだ。カノンとナッちゃんの、ひみつだよ」
 カノンがそう言っていたのは、たぶん幼稚園のころから。
 わたしとカノン、ヒナタ、セイはみんな同じマンションに住んでいる幼なじみなんだ。小・中学校はもちろん、高校も同じところに通っている。
 カノンはヒナタが好き。それはずっと前から知っていたけど、男子に交じってボールをけっているようなわたしはレンアイなんて興味もなくて、関係ない……と思っていた。
 いつからだろう、わたしがヒナタを目で追っていたのは。
 思い返すとまず思い浮かぶのは、高校の受験勉強。
 カノンとセイは頭が良かったから、みんなで同じ高校に行こうと思ったら、わたしとヒナタはかなりがんばらなきゃいけなかったんだ。
 二人で学校、図書館、塾、とずっと一緒に勉強しているうちに、一生懸命な姿、わかった時の笑顔、それをわたしに教えてくれる優しさ……。そういうところに、惹かれていったのかもしれない。
 カノンには、言わなかった。カノンのことだから、ヒナタが好きだと私が明かせば、今までよりもヒナタに近づくことを遠慮しちゃうんじゃないかと思ったから。ずっと片想いしてきたカノンに遠慮してほしくない。そう思って黙っていた。
 だけどある日、気づいたんだ。
 ヒナタが、カノンのことを目で追っていることに。
 好きな人のことはよく見ているからなのかな。ヒナタの視線の先にはカノンがいるんだってことに、気づいてしまったんだ。
 二人は両想いだった。そうわかってからわたしは、いっそうこの気持ちを隠すようにしていた。なのに……。
「ナツ。おまえ、ヒナタのこと好きなんだろ」
 そうセイに言われたのは、高校に入ってからだった。
「な、なんでわかったの……!?
「そりゃあ……、見てれば気づくだろ」
 がんばって隠してたのに、とあの時はめちゃくちゃびっくりしたのを覚えている。
「……でも、ヒナタはカノンが好き。そうでしょ?」
 わたしがきくと、セイは言いにくそうにしながらも、うん、と答えた。
「……わかった。なら、わたしたちで二人をくっつけよう」
「……?」
「ヒナタとカノン、両想いなんだよ。さすがに二人に『両想いだよ』っていうのはダメだけど、さりげなーく二人の距離を縮めるくらいならいいと思わない?」
「……ナツは、それでいいのかよ」
 少し納得がいかないような顔のセイに、わたしはズキズキ痛む心を隠して、笑顔を作って、答えた。
「もちろん! 好きな人には、笑顔でいてほしいんだ」

 それからわたしたちは、ヒナタとカノンをくっつけるためにいろいろなことをやった。とはいっても、四人で行った夏祭りでわざとはぐれてみたり、遊園地の二人乗りのアトラクションに先にセイと二人で乗ってみたり、まあありがちなことばかりだけど。
 途中でヒナタがわざと二人きりにしてるって気づいちゃったんだけど、ヒナタは怒ることもなく、「オレもがんばるよ」って言ったんだ。
 それで、「今日の放課後、話がある」とカノンに言ったのが今朝のこと。
 カノンは何を言われるか怖いからってわたしに、ヒナタはビビってたら背中を押してくれとセイに頼んで、四人がこの河川敷にそろったんだ。

         ・ ・ ・

 二人の背中がゆっくり遠ざかっていくのを見ながら、私は小さくつぶやいた。
「ヒナタ、最後にわたしに向かって笑ってくれたよ」
「……ナツ」
 セイに呼びかけられたけど、言葉は止めない。
「ねえ、わたし、ちゃんと笑えてたかな」
「ナツ」
 一度止まれば、泣いてしまう気がして。
「ずっと両想いだったから、付き合えて本当によかっ――」
「ナツ!」
 強く呼びかけられて、ビクッとした拍子に目のふちの涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「もう、ここにはオレしかいない。だから、本音を出していいんだよ」
 打って変わった優しい声色に、たえきれなくなったわたしは声をあげて泣いた。

 河川敷に座り込んだわたしの背中を、セイはずっとさすり続けてくれた。
 落ち着くのを待っていたように、スンスンとすすり上げるわたしにセイが話しかけてきた。
「オレだって、好きな人には笑顔でいてほしいよ」
「……でしょ」
 顔をふせているせいで、セイがどんな表情をしているのかはわからない。だけど、背中から手が離れて、自分の髪をくしゃくしゃと混ぜているのが、気配でわかった。
「……オレ、ナツが早く失恋すればいいってずっと思ってたんだ」
「……え」
 セイの言葉に驚いて、わたしはパッと顔を上げた。あたりはすっかり夕方で、傾いた太陽が河川敷を赤く染めている。
「カノンとヒナタをくっつけようって言ってる間、ナツは本音を笑顔で隠して、ずっと強がってた。そうだろ?」
「なんでわかっちゃうの……?」
「ずっと見てたからな、ナツのことを」
 セイは前を見たまま、はっきりとそう答えた。
「ホントはつらかったんだろ? だけど、二人が付き合うまでは絶対に本音を言わない。ナツのことだからな。でも、あの二人が付き合えば、ナツも本心を話せると思った。本当の気持ちを外に出してすっきりすれば、また心から笑えるようになると思った」
 たんたんと言った後、セイはふっとわたしの方を見た。
「オレは、ナツに笑顔でいてほしいんだよ」
 そう言って……小さく、笑ったんだ。
 無愛想で基本無表情なセイの、久しぶりの笑顔に、わたしは少しだけ……ドキッとしてしまった。
「そ、それって、どういう……?」
「じっ、自分で考えろよ」
 セイはわたしの問いには答えず、ぷいっとそっぽを向いてしまう。赤く染まったその横顔は、夕日のせいなのか何なのか。
 だけどわたしの顔が熱いのは……夕日に当たっているせいじゃ、ない気がしたんだ。
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