第5話

文字数 3,427文字


WILD CHAIN 弐
おまけ「北監獄支部長、登場」

 おまけ②【北監獄支部長、登場】



























 「また修理業者呼んだって?」

 「ああ、貴氏支部長がなんかキレたんだろ?危うく俺も巻き込まれそうになった」

 「今回はまたなんでだ?」

 「さあ?」

 監獄支部長は、東西南北の四人が滞在している。

 南はご存じ叶南、東は斎藤の不在によって功黄、西は菜里、そして北の支部長は重鎮、貴氏だ。

 功黄は四人の中で一番若いが、まだ至らないところが多くあり、菜里は機械的に人と接するタイプの人間だ。

 叶南は自由奔放で会議にもまとも出席しない輩で、貴氏は規則やルールには厳しいが、それ以上に自分の理に反することをされると、いきなりキレ出す。

 上層部からしてみても、この四人の存在は目障りなものがあった。

 ならば、どうしてこの四人が支部長になっているのかというと、それは支部長は上層部が選ぶのではなく、実力社会でそれまでの功績を認められた者がなれるのだ。

 それは、例え上層部であっても簡単に結果をひっくり返すことは難しい。

 それに、支部長をクビにしてしまうと、下手をすればその裁判所や監獄に努める者を全員敵に回す可能性もあるため、避けたい事なのだ。







 さて、ここで貴氏支部長の話に戻そう。

 貴氏は、怒っていた。

 どうしてかというと、今日は大事な会議だから、何があっても出席するようにと言ったのに、叶南が来なかったからだ。

 そういうわけで、貴氏はズンズンとしかめっ面をしながら、叶南の部屋の前に来ていた。

 拳を作ると、それはもうドアが壊れるのではないかというくらいに強い力で、ドンドン、と何度も叩いた。

 部屋の中からは「はーい」という間延びした声だけがすると、貴氏はドアを開けて部屋の中へと無遠慮に入って行く。

 そこには、くるくると椅子を回しながら、資料などには目もくれず、クッキーをボリボリ食べている叶南がいた。

 「あれー?貴氏じゃん。どうしたのー?あ、君も食べるー?」

 「・・・なぜ会議に来なかったのですか?今日だけは絶対に出るようにと、あれほどお願いしたと思うのですが」

 「そうだっけ?なんか大した内容じゃなかったように思ってさー」

 そんな怖い顔しないでよ、といつもながらケラケラ笑った話す叶南。

 そんな叶南に痺れを切らしたのか、貴氏は部屋にあった客人用の椅子を持ちあげると、叶南に向かって投げた。

 常人ならば持ちあがらないだろうし、そこまで遠くに飛ばせるはずがないのだが、怒りの頂点にある貴氏には重さなど感じていないようだ。

 ひょいっと叶南は避けると、がしゃん、と大きな音を立ててガラスが割れた。

 窓から落ちた椅子に、驚いた声が聞こえてくる。

 「危ないよー?あーあ、弁償してもらわないとねー。ちゃんと貴氏支部長宛てで請求書出しておくからね」

 にこっと笑う叶南に対し、貴氏の怒りは収まらないご様子。

 「どうしてあなたはいつもそうなんですか」

 「どうして君はいつもそうなんだろうね?」

 「答えになっていません」

 「答えたって納得してくれないでしょ?」

 叶南は、貴氏よりも長く支部長をやっている。

 歳だけで言えば、貴氏は叶南よりも二つほど下なだけだが、叶南はこれ以上上に行く心算は微塵もないようで、それが余計に気にくわないらしい。

 叶南は叶南で変人だが、今の上層部よりはマシなのではないかと思っている。

 しかし、仕事は嫌い、会議も嫌い、掃除も嫌い、家事も嫌い、講義も嫌い、とにかくだらだら過ごすことに重点を置いている。

 「聞きましたよ。またあの隼人とかいう男に仕事をやらせているようですね」

 「仕事速いんだよねー」

 「紅蓮裁判長も使っているとか」

 「要領いいからさ」

 「渋沢を雑用に使っているのは」

 「素直な子なんだよ」

 ガラスが割れたことによって、外からの空気が入ってくるからか、叶南は涼しそうな表情をしている。

 その頃、叶南に仕事を押し付けられていた隼人が、叶南の部屋まで来ていた。

 「ったく。人使い荒ぇんだから」

 ちっ、と舌打ちをしたところで、叶南の部屋をノックもせずに入っていく。

 「おーい、これ終わっ・・・」

 その時、隼人の顔の横をスレスレで、何かが廊下に放り出された。

 何かを思って振り向いて見ると、そこには叶南が斎藤の部屋から持ってきた、大きなマッサージ機が無残な姿で横たわっていた。

 「・・・なに?」

 それからまた部屋の中に入って行くと、叶南の部屋は散らかっていた。

 散らかっていたというよりも、ボロボロ。

 叶南ともう一人男がいて、その男からは凄まじいほどの怒りを感じる。

 「あ、隼人丁度よかったー」

 「丁度良かぁねぇだろ」

 その男は、北監獄支部長の貴氏だと知ると、隼人はさっさと部屋から出て行こうとした。

 だが、叶南に捕まってしまい、逃げるタイミングを完全に失ってしまった。

 「俺、この喧嘩に関係ねぇし」

 「貴氏―、そろそろ落ち着いてよ。君が本気で暴れたら、俺の監獄まで崩壊しちゃうでしょー?」

 叶南の言うとおり、すでに天井は半分ほど壊れて青空が見えているし、部屋の中にも幾つもの罅が入っている。

 特別な力は持っていないはずだから、これは貴氏の拳だけで行われた惨劇だ。

 「なんなのあいつ」

 隼人の質問に、叶南は人差し指を出して愉しそうに解説を始める。

 「説明しよう。北監獄支部長の貴氏は、なぜか南監獄支部長の叶南にライバル心を抱いている。しかし叶南は貴氏とまともに喧嘩さえしようとしない。話しあいもしない。会議にも出ない。それに怒り心頭の貴氏はいつもいつも監獄をひとつ壊すつもりで叶南に会いにいくのだ」

 「そういうのいらねえから。てか何?特に理由はないってこと?」

 隼人のその言葉に、暴れていた貴氏がピタリと動きを止めた。

 「そいつはまた会議に出なかったんだ」

 「ああ、じゃあ、お前が悪いよ、叶南」

 「えー、隼人酷い。ちゃんと俺の言い分も聞いてくれないかな?」

 「お前いつも会議出てねぇからだろ。こいつが怒るのも仕方ねぇよ」

 「今回は何があっても出るようにと、通知を何度も何度も出したんだ」

 「ああ、じゃあやっぱりお前が悪いよ」

 「待って待って」

 しまいには、隼人は叶南から離れて、貴氏サイドに行ってしまったので、叶南は必死になって弁明をする。

 「だって、今回は本当に出席する必要がないと思ったんだよ」

 「ああ?大事な会議だったんだろ?」

 「違うよ隼人。今回の会議の内容はね」

 「内容は?」



 「『お茶会で出すお菓子について。もしくは貴氏が飼っている鷲を愛でる会』だよ?行く必要性を全く感じなかったね。なんの魅力もないと思わない?俺が行く義務があると思う?」

 「・・・ああ、そりゃあ、別にいいかな」

 「でしょ!?でしょ!?ほらね貴氏!お前が愛して止まない鷲なんて、他人からしてみればゴミ同様なんだよ!」

 「いや、俺はそこまで言ってないからね」

 「お茶会がどれだけ大事なことか、わかっているだろう!?」

 「知らないよ。なんでクソジジイとクソババア共とお茶会なんてしなくちゃいけないの。なら俺は一人で食べるよ」

 「そういう問題ではありません。これは交流の一環として」

 「交流取るつもりないから。俺は孤高で生きて行くんだよ。それよりも鷲の方。そっちメインでお茶会開く心算だろ?」

 いつの間にか口調が変わってしまった叶南だが、それよりも隼人はこのくだらない言い合いから逃げ出したかった。

 そーっと壁伝いにドアまで近づくと、静かにドアを閉めて、早足で部屋から遠ざかる。

 それからすぐ、叶南の部屋から爆発音が聞こえてきたが、気にしないことにする。







 「まったく。あの人はどうしていつもこうなんだ」

 「あの、貴氏支部長」

 「なんだ?」

 「請求書がこんなに届いていますが・・・」

 「何だと?」

 送られてきた請求書を見てみると、そこには叶南の部屋の修理代から、壊れたソファ、マッサージ機、椅子に机にカーテンに、全ての物の弁償代が記されていた。

 「・・・・・・」

 そして最後に、叶南から手書きでこう書かれた紙が。

 『豪華絢爛仕様に変えたから、よろしく♡』

 ぐしゃっと紙を握りしめると、その足でまた叶南の部屋に向かうのだった。

 その頃叶南の部屋では。

 「そろそろ来そうだから、紅蓮のところにでも行ってようっと♪」

 ルンタッタとスキップをしながら紅蓮の部屋に向かう叶南の姿があったとか、なかったとか・・・。


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