うさぎ
文字数 4,292文字
段差をジャンプして、辰巳さんが消えた。
それから大騒ぎだった。
辰巳さんのご両親とうちの親と、近所の人も総出で辰巳さんを探した。
警察も来て捜索しているが未だに辰巳さんは見つからない。
集会所に捜索拠点が出来てわさわさしている。
おばさんは僕を責めたりせず、宇佐美くんは悪くないよ、気にしたら駄目よ大丈夫、と笑ってくれるが、僕のいないところで泣いていた。
僕は生きた心地がしない。
学校からも捜索に協力してくれる先生や友達、クラスメイトが来てくれている。
行方不明者として地方紙やローカルテレビでも呼びかけた。
今度、全国放送もされるらしい。
何の為に一緒に帰ってたんだよ。
どこかで誰かの声がそう言った。
僕は何も言えなくて、ただ黙って俯いていた。
手の中でぎゅっと小さなぬいぐるみを握りしめながら。
龍のぬいぐるみ。
町内会で干支の小さなぬいぐるみを配った事がある。
僕はうさぎで辰巳さんは龍だった。
そりゃ女の子だ。
龍よりうさぎが欲しいに決まってる。
うさぎがいいとわんわん泣いていた辰巳さんに、僕は僕のうさぎを差し出した。
辰巳さんはそれをぱっと奪って、代わりに龍のぬいぐるみを僕の手に乗せた。
「……名前。」
「え??」
「宇佐美だっけ?」
「う、うん。そう……。」
「……ありがと。」
「いや、いいよ。僕も龍の方がいいし……。」
というか、別にぬいぐるみはいらなかった。
でも辰巳さんが泣きはらした顔でうさぎを大事そうに握って笑っているのを見たら、何だかこの龍のぬいぐるみがとても大事なものに思えたんだ。
「……お願い……無事でいてよ……。」
祈るようにぬいぐるみを握り、額に当てる。
神様、どうかお願いです。
辰巳さんを返してください。
僕が代わりになりますから、どうか……。
ぬいぐるみを交換したように、どうか僕と辰巳さんを交換して下さい。
日が暮れると、子供はもう帰りなさいと帰される。
僕は残りたいというが、そう言って毎日残っているんだからと今日は帰された。
僕は仕方なくトボトボと歩いた。
まっすぐ帰っても、家には誰もいない。
周りの家だって誰もいない。
皆、辰巳さんを探しているから。
「……うっ……うっ……うっ……。」
釣瓶落しで暗くなる田舎道を、僕は泣きながら歩く。
どうしていいのかわからなかった。
あの時、どうするのが正解だったんだろう?
飛び降りるのを止めていれば良かった?
一緒に飛べばよかった?
もっと早く大人に連絡すべきだった?
わからない。
僕にはわからなかった。
ふと、道から山に続く細道に目が行った。
大晦日には皆が集まる山の神社へ続く道。
これから日が暮れる。
山に入るには危険だ。
でも神社がある。
僕には何もできない。
せめて、辰巳さんの無事を祈りたかった。
何かに導かれるように僕の足は山道に向かう。
紺色に染まっていく空の下、僕はふらふらと山を登っていく。
神社についた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。
そういえばお賽銭も持ってない。
そう思いながらも僕は狛犬さんの間を通り、石造りの小さな鳥居をくぐる。
小さな本殿の前に立ち、涙で汚れた顔をとりあえず袖でゴシゴシ擦った。
そして手を合わす。
どうかお願いです。
辰巳さんを無事に返してください。
僕と辰巳さんを交換して下さい。
「お願いします……どうか……どうか……。」
祈りながら、僕はやっぱり泣いてしまった。
何がいけなかったんだろう?
僕はどこで間違えたんだろう?
「いや、君は間違えてないんだよね~。」
「?!」
「間違えたのはこっちって言うか、彼女っていうか~。」
突然そう、声がした。
ぎょっとして辺りを見渡す。
しかし真っ暗な境内には人影などない。
鬱蒼と周囲を包む森が風でヒソヒソと微かに揺れるだけ。
「……え?……空耳?!」
真っ暗な山の沈黙に僕はやっと我にかえり、ゾッとした。
あまりそれ以上の事は考えない方がいい。
僕はサッと神社に背を向け、足早に歩き出した。
「ちょっと待ったぁ~!!今更!逃げるなよ~!!」
「ひいぃぃぃぃっ?!」
場違いにも響き渡る、何というか……ファンシーな声……。
けれど何もない真っ暗な神社でそれが聞こえたら、流石に度肝を抜かれる。
「待て!!待てって!!怖くない!!怖くないから!!」
どう考えても恐怖しかないのだが、僕はひとまずキョロキョロと辺りを見渡す。
すると閉まっている神社の格子戸に、何か白いものが引っかかって動いている。
「?!」
手?!
もしかしてあれは手なの?!
僕は恐怖に竦み上がった。
ガチガチと震えながらも目が反らせずそれを見ていたのだが……。
……もしかして、手じゃない??
というかなんかモフッとしてる??
ていうか……ジタバタしてるけどあれ以上、動かないなぁ……。
「……ちょっと助けて~!!」
「あ、うん……。」
さっきまでの恐怖心はどこへやら、悲痛な叫びを上げるそれに僕は近づいた。
「……えっ?!」
それが何かわかった時、僕はそれを鷲掴んだ。
そして暗くて見にくい中、顔に近づけてまじまじと見つめた。
「お~!サンキュー!助かった~……って、近くね?!お前?!」
「何で?!何でお前が?!」
「うお?!びっくりしたな?!おい?!」
それは小さなうさぎのぬいぐるみだった。
そう、小さい時に僕が辰巳さんと交換した……。
「辰巳さんは?!辰巳さんはどこ?!」
「ぐぇ、く、苦しい……。」
「ごめん!でも!辰巳さんは?!なぁ!辰巳さんは?!」
「お、落ち着けよ……。」
僕は必死になってそのうさぎに聞いた。
何で辰巳さんのぬいぐるみがここにあるのか、何でぬいぐるみが喋っているのか、そんな事はどうでも良かった。
とにかく僕は辰巳さんの安否が知りたかった。
「……お前、俺が喋ってんのに驚かないな?!」
「そんなのどうでもいいよ!!辰巳さんは?!辰巳さんはどこ?!」
「あ~、うん。無事っつや無事。」
「……良かった。」
僕はうさぎの言葉に安堵した。
ただの夢かもしれない。
それでも、僕は辰巳さんが無事だと誰かに言って欲しかったんだ。
「たださ~、ちょっと、ややこしい事になっててよ~。」
「ややこしい事??」
「そ~。だから変な事になる前にこっちに戻したくて……。」
うさぎがそう言いかけた時だった。
突然ドドーンと雷が落ちたような音がした。
山全体が微かに揺れた。
「げっ?!マジか?!」
それを受け、手の中のうさぎがひどく焦って慌て出す。
オロオロと僕の手の上で右往左往している。
「何?!どうしたの?!」
「まずい事になる前に帰そうと思ったのに!!まずい事になっちまったんだよ!!」
「ええ?!それで辰巳さんは?!」
「だからまずい事になっちまったんだよ!!」
「それじゃわからないよ!!」
焦ってパニック気味のうさぎ。
僕は何だかわからなくて不安になる。
「とにかく!一度、戻る!!」
「戻る?!辰巳さんは?!」
「だから!状況が変わっちまったんだよ!!一度戻って様子を確認しねぇと俺にもわかんねぇよ!!」
「えええぇぇぇ?!」
やっと辰巳さんの手がかり(?)が見つかったのに、うさぎは帰ると言う。
帰らないとうさぎ自身も辰巳さんの事がわからないようだ。
「とにかく!嬢ちゃんは一応無事だ!でも面倒臭え事になっちまった!!こっちに戻すにゃ、色々ややこしい事になる!!」
「でも帰ってこれるんだよね?!」
「わからねぇ!!でも!戻さなきゃならねぇ!!」
うさぎはきっぱりとそう言った。
何かまずい事になったようだが、うさぎは辰巳さんを帰そうとしてくれているのはわかった。
僕はじっとうさぎを見つめ聞いた。
「僕に手伝える事は?!」
「めちゃくちゃあるんだが、今は一度、戻ってどうなってんのか確認しねぇとわかんねぇ!!」
それなら急いだ方がいいかと僕はうさぎを神社の扉の所に近づけた。
うさぎは木枠に掴まると、僕の方を振り向いた。
「お前、嬢ちゃんの辰を持ってるよな?!」
「え?!辰?!……あ、これ?!」
僕はポケットから龍のぬいぐるみを取り出した。
山道を歩く時、汗になってしまうからしまっておいたのだ。
うさぎが同じ大きさのそれを大事そうに抱きかかえる。
「ひとまずこれがあれば……。」
龍のぬいぐるみを確認し、うさぎは少し落ち着いたみたいに見えた。
子供の頃、町内会で貰ったただのぬいぐるみ。
なのに僕のうさぎは今、目の前で話をしているし、辰巳さんの龍は何か重要なものみたいになっている。
「それ、大事なものなの??」
「ああ。こいつはこんなふわふわな人形だが、嬢ちゃんの成長を祈られたれっきとした祝物なんだよ。」
「祝物??」
「俺がお前の祝物なのと一緒。」
「……あ……。」
そう言われ、うさぎは僕の事を覚えていたんだと思った。
そして僕とうさぎが出会って話しているのも偶然な訳ではないのだと思えた。
「あっちからこっちに返すにゃ、こういうもんがいるんだよ。ちょっとヤバい事になってきたが、これを嬢ちゃんに渡せば薄れた繋がりが少しは戻る。」
「……繋がり?」
「ああ。とにかくこれを持って一度向こうの様子を見てくる。それで嬢ちゃんにこいつを渡してくる。お前の出番はそこからだ。」
「……わかった。」
「いいか?!山を降りたら、多分、色々おかしくなってる。でも気にしすぎるな。周りに合わせろ。」
「うん。」
「できるだけ早く戻る。じゃないと年越しに間に合わねぇ!!年が狂っちまう!!」
「……え?!」
「とにかく時間がねぇ!!行ってくる!!」
「わ、わかった!気をつけて!!」
うさぎはそういうと、龍のぬいぐるみを抱えて神社の中に消えた。
僕は中を覗き込んでみたが、真っ暗で何も見えなかった。
……何だったんだろう、夢??
僕は山道を降りながら考えていた。
何度か転びかけながら家に帰ると、何故か両親が揃っていた。
僕はびっくりして聞いた。
「え?!どうして帰ってるの?!捜索は?!」
「捜索?なんの事だ??」
お父さんは不思議そうにそう言った。
何もなかった頃と同じ様に夕飯の支度が進んでいく。
僕は何が起きたのかわからず立ちすくんだ。
「あらやだ、泥だらけじゃない。ご飯の前に着替えてきなさい。」
「え??お母さん??」
「何??」
「辰巳さんの捜索は……??」
「辰巳さんちで何かあったの?お母さん、聞いてないけど??」
そこでやっと僕はうさぎの言っていた事の意味を理解した。
何が起きているのかはわからない。
でも、素知らぬフリをして話を合わせなければならない。
「……いや、ごめん。何でもないよ……。」
「そう?とにかく着替えて手を洗ってきて。もうご飯だから。」
「……うん。わかった。」
頭はまだ混乱している。
何が本当なのかわからない。
でも……。
今はうさぎの言った事を信じて待つしかない。
僕はぐっと拳を握りしめた。
その手の中には、もう、龍のぬいぐるみはなかった。
それから大騒ぎだった。
辰巳さんのご両親とうちの親と、近所の人も総出で辰巳さんを探した。
警察も来て捜索しているが未だに辰巳さんは見つからない。
集会所に捜索拠点が出来てわさわさしている。
おばさんは僕を責めたりせず、宇佐美くんは悪くないよ、気にしたら駄目よ大丈夫、と笑ってくれるが、僕のいないところで泣いていた。
僕は生きた心地がしない。
学校からも捜索に協力してくれる先生や友達、クラスメイトが来てくれている。
行方不明者として地方紙やローカルテレビでも呼びかけた。
今度、全国放送もされるらしい。
何の為に一緒に帰ってたんだよ。
どこかで誰かの声がそう言った。
僕は何も言えなくて、ただ黙って俯いていた。
手の中でぎゅっと小さなぬいぐるみを握りしめながら。
龍のぬいぐるみ。
町内会で干支の小さなぬいぐるみを配った事がある。
僕はうさぎで辰巳さんは龍だった。
そりゃ女の子だ。
龍よりうさぎが欲しいに決まってる。
うさぎがいいとわんわん泣いていた辰巳さんに、僕は僕のうさぎを差し出した。
辰巳さんはそれをぱっと奪って、代わりに龍のぬいぐるみを僕の手に乗せた。
「……名前。」
「え??」
「宇佐美だっけ?」
「う、うん。そう……。」
「……ありがと。」
「いや、いいよ。僕も龍の方がいいし……。」
というか、別にぬいぐるみはいらなかった。
でも辰巳さんが泣きはらした顔でうさぎを大事そうに握って笑っているのを見たら、何だかこの龍のぬいぐるみがとても大事なものに思えたんだ。
「……お願い……無事でいてよ……。」
祈るようにぬいぐるみを握り、額に当てる。
神様、どうかお願いです。
辰巳さんを返してください。
僕が代わりになりますから、どうか……。
ぬいぐるみを交換したように、どうか僕と辰巳さんを交換して下さい。
日が暮れると、子供はもう帰りなさいと帰される。
僕は残りたいというが、そう言って毎日残っているんだからと今日は帰された。
僕は仕方なくトボトボと歩いた。
まっすぐ帰っても、家には誰もいない。
周りの家だって誰もいない。
皆、辰巳さんを探しているから。
「……うっ……うっ……うっ……。」
釣瓶落しで暗くなる田舎道を、僕は泣きながら歩く。
どうしていいのかわからなかった。
あの時、どうするのが正解だったんだろう?
飛び降りるのを止めていれば良かった?
一緒に飛べばよかった?
もっと早く大人に連絡すべきだった?
わからない。
僕にはわからなかった。
ふと、道から山に続く細道に目が行った。
大晦日には皆が集まる山の神社へ続く道。
これから日が暮れる。
山に入るには危険だ。
でも神社がある。
僕には何もできない。
せめて、辰巳さんの無事を祈りたかった。
何かに導かれるように僕の足は山道に向かう。
紺色に染まっていく空の下、僕はふらふらと山を登っていく。
神社についた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。
そういえばお賽銭も持ってない。
そう思いながらも僕は狛犬さんの間を通り、石造りの小さな鳥居をくぐる。
小さな本殿の前に立ち、涙で汚れた顔をとりあえず袖でゴシゴシ擦った。
そして手を合わす。
どうかお願いです。
辰巳さんを無事に返してください。
僕と辰巳さんを交換して下さい。
「お願いします……どうか……どうか……。」
祈りながら、僕はやっぱり泣いてしまった。
何がいけなかったんだろう?
僕はどこで間違えたんだろう?
「いや、君は間違えてないんだよね~。」
「?!」
「間違えたのはこっちって言うか、彼女っていうか~。」
突然そう、声がした。
ぎょっとして辺りを見渡す。
しかし真っ暗な境内には人影などない。
鬱蒼と周囲を包む森が風でヒソヒソと微かに揺れるだけ。
「……え?……空耳?!」
真っ暗な山の沈黙に僕はやっと我にかえり、ゾッとした。
あまりそれ以上の事は考えない方がいい。
僕はサッと神社に背を向け、足早に歩き出した。
「ちょっと待ったぁ~!!今更!逃げるなよ~!!」
「ひいぃぃぃぃっ?!」
場違いにも響き渡る、何というか……ファンシーな声……。
けれど何もない真っ暗な神社でそれが聞こえたら、流石に度肝を抜かれる。
「待て!!待てって!!怖くない!!怖くないから!!」
どう考えても恐怖しかないのだが、僕はひとまずキョロキョロと辺りを見渡す。
すると閉まっている神社の格子戸に、何か白いものが引っかかって動いている。
「?!」
手?!
もしかしてあれは手なの?!
僕は恐怖に竦み上がった。
ガチガチと震えながらも目が反らせずそれを見ていたのだが……。
……もしかして、手じゃない??
というかなんかモフッとしてる??
ていうか……ジタバタしてるけどあれ以上、動かないなぁ……。
「……ちょっと助けて~!!」
「あ、うん……。」
さっきまでの恐怖心はどこへやら、悲痛な叫びを上げるそれに僕は近づいた。
「……えっ?!」
それが何かわかった時、僕はそれを鷲掴んだ。
そして暗くて見にくい中、顔に近づけてまじまじと見つめた。
「お~!サンキュー!助かった~……って、近くね?!お前?!」
「何で?!何でお前が?!」
「うお?!びっくりしたな?!おい?!」
それは小さなうさぎのぬいぐるみだった。
そう、小さい時に僕が辰巳さんと交換した……。
「辰巳さんは?!辰巳さんはどこ?!」
「ぐぇ、く、苦しい……。」
「ごめん!でも!辰巳さんは?!なぁ!辰巳さんは?!」
「お、落ち着けよ……。」
僕は必死になってそのうさぎに聞いた。
何で辰巳さんのぬいぐるみがここにあるのか、何でぬいぐるみが喋っているのか、そんな事はどうでも良かった。
とにかく僕は辰巳さんの安否が知りたかった。
「……お前、俺が喋ってんのに驚かないな?!」
「そんなのどうでもいいよ!!辰巳さんは?!辰巳さんはどこ?!」
「あ~、うん。無事っつや無事。」
「……良かった。」
僕はうさぎの言葉に安堵した。
ただの夢かもしれない。
それでも、僕は辰巳さんが無事だと誰かに言って欲しかったんだ。
「たださ~、ちょっと、ややこしい事になっててよ~。」
「ややこしい事??」
「そ~。だから変な事になる前にこっちに戻したくて……。」
うさぎがそう言いかけた時だった。
突然ドドーンと雷が落ちたような音がした。
山全体が微かに揺れた。
「げっ?!マジか?!」
それを受け、手の中のうさぎがひどく焦って慌て出す。
オロオロと僕の手の上で右往左往している。
「何?!どうしたの?!」
「まずい事になる前に帰そうと思ったのに!!まずい事になっちまったんだよ!!」
「ええ?!それで辰巳さんは?!」
「だからまずい事になっちまったんだよ!!」
「それじゃわからないよ!!」
焦ってパニック気味のうさぎ。
僕は何だかわからなくて不安になる。
「とにかく!一度、戻る!!」
「戻る?!辰巳さんは?!」
「だから!状況が変わっちまったんだよ!!一度戻って様子を確認しねぇと俺にもわかんねぇよ!!」
「えええぇぇぇ?!」
やっと辰巳さんの手がかり(?)が見つかったのに、うさぎは帰ると言う。
帰らないとうさぎ自身も辰巳さんの事がわからないようだ。
「とにかく!嬢ちゃんは一応無事だ!でも面倒臭え事になっちまった!!こっちに戻すにゃ、色々ややこしい事になる!!」
「でも帰ってこれるんだよね?!」
「わからねぇ!!でも!戻さなきゃならねぇ!!」
うさぎはきっぱりとそう言った。
何かまずい事になったようだが、うさぎは辰巳さんを帰そうとしてくれているのはわかった。
僕はじっとうさぎを見つめ聞いた。
「僕に手伝える事は?!」
「めちゃくちゃあるんだが、今は一度、戻ってどうなってんのか確認しねぇとわかんねぇ!!」
それなら急いだ方がいいかと僕はうさぎを神社の扉の所に近づけた。
うさぎは木枠に掴まると、僕の方を振り向いた。
「お前、嬢ちゃんの辰を持ってるよな?!」
「え?!辰?!……あ、これ?!」
僕はポケットから龍のぬいぐるみを取り出した。
山道を歩く時、汗になってしまうからしまっておいたのだ。
うさぎが同じ大きさのそれを大事そうに抱きかかえる。
「ひとまずこれがあれば……。」
龍のぬいぐるみを確認し、うさぎは少し落ち着いたみたいに見えた。
子供の頃、町内会で貰ったただのぬいぐるみ。
なのに僕のうさぎは今、目の前で話をしているし、辰巳さんの龍は何か重要なものみたいになっている。
「それ、大事なものなの??」
「ああ。こいつはこんなふわふわな人形だが、嬢ちゃんの成長を祈られたれっきとした祝物なんだよ。」
「祝物??」
「俺がお前の祝物なのと一緒。」
「……あ……。」
そう言われ、うさぎは僕の事を覚えていたんだと思った。
そして僕とうさぎが出会って話しているのも偶然な訳ではないのだと思えた。
「あっちからこっちに返すにゃ、こういうもんがいるんだよ。ちょっとヤバい事になってきたが、これを嬢ちゃんに渡せば薄れた繋がりが少しは戻る。」
「……繋がり?」
「ああ。とにかくこれを持って一度向こうの様子を見てくる。それで嬢ちゃんにこいつを渡してくる。お前の出番はそこからだ。」
「……わかった。」
「いいか?!山を降りたら、多分、色々おかしくなってる。でも気にしすぎるな。周りに合わせろ。」
「うん。」
「できるだけ早く戻る。じゃないと年越しに間に合わねぇ!!年が狂っちまう!!」
「……え?!」
「とにかく時間がねぇ!!行ってくる!!」
「わ、わかった!気をつけて!!」
うさぎはそういうと、龍のぬいぐるみを抱えて神社の中に消えた。
僕は中を覗き込んでみたが、真っ暗で何も見えなかった。
……何だったんだろう、夢??
僕は山道を降りながら考えていた。
何度か転びかけながら家に帰ると、何故か両親が揃っていた。
僕はびっくりして聞いた。
「え?!どうして帰ってるの?!捜索は?!」
「捜索?なんの事だ??」
お父さんは不思議そうにそう言った。
何もなかった頃と同じ様に夕飯の支度が進んでいく。
僕は何が起きたのかわからず立ちすくんだ。
「あらやだ、泥だらけじゃない。ご飯の前に着替えてきなさい。」
「え??お母さん??」
「何??」
「辰巳さんの捜索は……??」
「辰巳さんちで何かあったの?お母さん、聞いてないけど??」
そこでやっと僕はうさぎの言っていた事の意味を理解した。
何が起きているのかはわからない。
でも、素知らぬフリをして話を合わせなければならない。
「……いや、ごめん。何でもないよ……。」
「そう?とにかく着替えて手を洗ってきて。もうご飯だから。」
「……うん。わかった。」
頭はまだ混乱している。
何が本当なのかわからない。
でも……。
今はうさぎの言った事を信じて待つしかない。
僕はぐっと拳を握りしめた。
その手の中には、もう、龍のぬいぐるみはなかった。