せいとか

文字数 839文字

 喪女って言われるのは好きじゃない。彼氏いない歴イコール年齢と言われた方がまだいい。会社の上司や部下たちに、「お局」と揶揄されることも増えてきた。別に、彼らに好かれることになんの価値があるわけではないけれど、そう言われて全く傷つかないわけではない。
 でも、それだけなら大して気にすることはなかった。悪口なら学生の時から今まで、嫌というほど聞いてきたつもりだから。
 電子音がして、エレベーターの扉が開いた。2枚の扉が離れるのに合わせて、スーツを着た男女の、薄ピンクの唇が名残惜しそうに離れていった。
「あ」
 と男の方は驚いて、女の方は頬を赤く染めた。よっぽど気まずくて恥ずかしいのだろう。そりゃそうだ、私はかつて二人の直属の上司だった。
 気まずげに、また恥ずかしげにしている二人と目を合わせずに、私は何食わぬ顔でエレベーターに乗り込んだ。そして3階のボタンを押して、扉の前に立って、そのまま何も言わなかった。もちろん、一緒に乗っていた二人も何も言うわけがなかった。
 6階に着くと、二人は逃げるようにエレベーターを降りてフロア奥へ足速に進む。私は二人の背中を見送って、勝手にエレベーターの扉が閉まった。
 私は、もう堪えられなかった。思わず顔を両手で覆い隠し、エレベーターの隅にくてりとしゃがみ込んでしまう。身体の中心が熱くて、触りたい衝動を必死に抑えた。あんな扇情的な、唇が甘そうな糸を垂らして離れるような大人のキス。男の恍惚とした視線も、女のうっとりした表情も、何もかもがエロティックで、私の熱を高めてたまらなかった。もしあの女が私だったら、どんな心地だろう、どんなふうに気持ちいいだろう、あの唾はどんなに甘いだろう、そんな妄想が胸を満たして、春画よりも大人の小説よりも脳を蕩けさせてぴりりと全身が痺れる。快感のあまり立てなかった。
 せいとか、そういうの、きょうみあるって言ったら、誰か求めてくれるかな。
 小さな密室の中でただ一人、しゃがみ込んだまま途方に暮れた。
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