第1話

文字数 1,598文字

本書では、主人公葦原真理男の祖父の代の話から始まり、父親の美男の話を経て、真理男の人生が描かれている。
前半、堕罪府のばあばに注目しながら面白おかしく読んでいたのが尾を引いたのか、全体的に普通に読み物として楽しく読んでいた私はラストに衝撃を受け、鬱になりそうだった。
「後日談」のエピソードで救われた気がしたが、後で拾い読みすると、「後日談」は「後日談」で怖いような…。
一体どこで真理男を読み間違えたのかと、真理男を分析するため付箋とボールペンを手にして、まずは真理男のキーワードを探すことにした。
ざっと読み直した結果、真理男のキーワードとしては「白痴」、「遺伝子」、「場所」などが挙げられると思われたので、それらのキーワードを頼りに、改めて真理男がどういう人間かを以下で考える。
まず真理男を考察するにあたっては、真理男が嘘をつくという点を考慮する必要があると思われる。
その根拠としては、「彼にとっては嘘だけが唯一の真理だ」という記述があるのと、クルーザーに乗った時に、榊に自分はいつも嘘と本当を混ぜて喋ると本人が発言しているからだ。
それを踏まえて読むと、私には真理男が場所にこだわらないと言いながらも、実はすごくこだわっているのではないかと思えてならない。
真理男のような人間は自分の居場所がないと悩んだりしなさそうだと勝手に解釈していたが、文中には「自分がモスクワの一部になるという欲求を満たそうとした」という記述や、かつて行ったことのある遊園地がなくなったと知ってショックを受けたという記述があり、これらは本音ではないかと思うのだ。
ソ連に行ってここは自分の居場所ではないと思い、日本に帰っても自分が帰国前とは価値観などが変わっていることもあって、なんだか自分の居場所ではないと感じてしまう。
幼少期に外国で暮らした人はこういう悩みを抱えがちだと思うのだが、日本よりロシアに慣れたりりかの困惑は特に深かったと思われ、自分を何者でもないと考えたりりかはゴーシャと一緒になることで何者かになろうとし、同じように自分を何者でもないと考える真理男を後半で「私」と言ったのではないだろうか。
また真理男には物理的な居場所もなかったが、人とのつながりの意味での居場所もなかった。
母に見捨てられ、妙子に見捨てられ、りりかにも見捨てられた。見捨てられたというのは、真理男が求めた物を与えられなかったという風に解釈できると思われる。
「場所」に関しての真理男の考え方では、人間の存在理由は場所にからんでいるので、居場所がない者には存在理由がなくなると書かれた箇所もある。
また、「何者でもない者になれないなら、白痴になるしかない」という意味の発言があり、結局僕は白痴にもなれないと泣く場面がある。
それらを踏まえると、真理男は居場所を求めたが得られなかった自分は存在する価値がないため何者でもない者になろうとしたがなれず、白痴にもなれなかったと考えていたように解釈できると思うのだ。
そして真理男は、真理男以外の何者にもなれなかったがどうしても真理男をやめたくて、自分を客観的に記録に残すことで自分を真理男と切り離し、真理男とは別人であると納得した上で真理男ではない者に生まれ変わろうとした、というのがラストの真相ではないかと思うのだ。
真理男は人間だから、敬愛するテレビのように気持ちや人生を切り替えることはできなかった。
また、真理男は予言を嫌っていたようだが、先祖の行いというのはある意味予言ではないだろうか。
真理男は堕罪府に行くまでは、遺伝子と手を切って先祖のような失敗をしたくないと思っていたようなのに、実際に堕罪府に行ったことで遺伝子には逆らえないと思った節がある。
堕罪府への旅もラストへの追い風になったのは間違いなく、自分探しとして自分のルーツを調べることもあるが、知らないほうがいいこともあるのかもしれないと感じた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み