短編

文字数 1,969文字

 ピッと音を立ててシャケおにぎりと、おーいお茶のバーコードを読みとった初老の店員さんが、笑顔で言った。

「3万円になります」

昼休み。霞が関にあるオフィスビル1Fのコンビニは混雑しており、列の後ろから「はやくしろ」、という圧力を感じる。

「高くないですか?」
「先月は4万円でしたよ」

 そう言われると安い気もする。僕は3万円を払っておにぎりとお茶を買う。

「調子狂うな……」

 僕はビルの外にある公園のベンチに座って質素な3万円の昼食を口にしつつ、この状況にためいきをつく。周りを見渡すと、似たような質素な食事をする人々がちらほら見える。みんな、この異常な状況に慣れてしまっているのかもしれない。
 コンビニおにぎりが1万円。お茶が2万円。
 かつてベネズエラでは100円のおにぎりが268万円になり、268万円の貯金が100円になったというが。それにしてもひどい。
 インフレの原因は誰にもわからないが、まことしやかに囁かれる奇妙な噂がある。
 念力で金を増やせるペンギンたちが突然出現し、彼らによって「ペンギン造幣局」が設立されたというのだ。
 一体どうなっているんだ……官僚だとしても僕はただの公務員だ。わからないことだらけだった。

 昼休みを終えてビルの17階にあるオフィスに戻ると、すぐにパソコンの電源を入れ、メールをチェックして淡々と処理。政策案の修正作業に取りかかる。
 デスクの上には、最新の経済レポートや国際会議の資料が所狭しと並んでいる。
 僕の役割は、経済政策の立案とその実行計画を作成することだ。膨大なデータをもとに、効果的な施策を考える。
 終業間際、上司が近づいてきていった。

「ちょっと残業を頼みたいんだが」

 残業は毎日のことなので改めて言うまでもないはずだが……?
 上司は僕にだけ聞こえるように耳打ちする。

「今日の残業は、ペンギン造幣局の手伝いだ」
「え……本当に?」

 上司は神妙に頷く。

「ていうか、手伝いって……どういうことですか?」
「簡単なことだよ。ペンギンたちにエサを与え、彼らが念力で金を生み出すのを手助けするんだ。政府からの特別手当もつくから、生活も少しは楽になるだろう」

 この日をきっかけに僕は毎晩、足立区にあるペンギン造幣局へと出向することになった。ペンギン造幣局での仕事は、彼らを見張るだけ。ペンギンたちの見た目は可愛らしいが、彼らがアジを食べ、ケツから札束を生み出す光景は現実離れしていた。

 ある日の夜、僕がペンギン造幣局での仕事を終え帰ろうとしていたとき、ペンギンの一羽がちかづいてきた。

「やあ、いつもご苦労さま。俺の名前はポル。ここの責任者だ」
「え……?」

 その声はどこからともなく聞こえてきた。

「我々はこの世界を救うために送り込まれたんだ」とポルは念力で直接僕の脳に語りかけた。
「どういうことだ?」僕は驚いて聞き返した。

 ポルは僕の質問に対し、驚くべき答えを返してくれた。

「俺たちの住んでいる北極の氷が温暖化で溶け始めたんだよ。その理由を考えてみたんだが、たぶんこれは、経済のせいだよ」
「そう……なのか?」
「そうさ。人類は自らの手で経済をコントロールできていない。だから環境破壊が起きる。そうするとペンギンは滅亡してしまう。だから我々が立ち上がった。わかる? OK?」
「……あ、ああ……OKだ」

 よくわからないまま同意してしまった。

「しかしそれと造幣局になんの関連性があるんだ?」
「今、ハイパーインフレが起きているのは知っているよな」
「ああ」
「これは序章に過ぎない。いまから世界の経済を我々が破壊する」
「終わらせてどうするんだ。この世界には経済だけじゃない問題が山積みなんだぞ……」
「もちろん考えてるさ。まず滑り台発電所でエネルギーを生み出し、ペンギン教育プログラムで子どもたちに北極の重要性を教える。さらに、ペンギン・ヒーリングプログラムで人々に癒しを提供する」

 ポルの口調は熱を帯びていたが、僕にはそれがケツから出た妄想にしか思えない。

「ポルさん。計画の進捗はいかがでしょうか?」

 突然、スーツを着た初老の男が現れた。どこかで見たことのある顔だ。

「問題ない。このままいけばあと数日で世界経済は破壊されるだろう」

 男の目が見開かれてギラギラと輝いた。

「すばらしい! そうなれば私は毎日バナナの皮で滑って転んで、尻相撲を取って、チョコレートの雨を降らせます!」

 僕は男が誰なのか気づき、呆然とした。まさかそんな……。
 ポルは冷静に言う。

「まあ楽しめばいいさ」
「そうだ、ポルさん! ペンギンは飛べないからこそ、地上でできることが山ほどある! 私も飛べませんがジャンプできます!」

 男はその場でぴょんぴょん跳ね始めた。

「飛べないって最高ですね!」

 総理の狂気じみた叫び声がオフィスに響き渡る中、僕はただ立ち尽くしていた。
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